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特に監修者の肩書などは、変わっている可能性があります。

救急たらい回し なぜ起きるのか

ここがネックになっています。

 前項で、「たらい回し」をなくすには、①救急医療需要の抑制②救急医療供給の増強③調整の仕組み、の3つが必要だと書きました。
 ①については、究極には受益者であり費用負担者でもある私たち1人1人が自覚するしかないことです。東京消防庁の検査によれば、救急車利用の実に6割近くが軽症者で占められているとのことで、ここが減れば随分状況は改善するはずです。救急車をタクシー代わりに使うとか通常の診療時間で済むものをわざわざ救急にするといった非常識な人も、かなりいるようです。ただし常識の範囲内であれば、救急医療利用を我慢すべきではありません。③についても、①②の前提があって初めて生きる話ですので、今回は問題を指摘するにとどめます。
 ということで、最後に②を行うことがなぜ難しいのかを考えていきましょう。
 まず一番シンプルで、しかも深刻なのが、救急部門が病院にとって採算に合わないという問題です。
 現在の診療報酬制度では(05年12月号06年12月号参照)、検査や治療行為や入院をさせて初めて病院に収入があります。そして、ただでさえ大規模病院の経営は厳しく、スタッフが待機時間なしにフル稼動して、やっと少し黒字が出るかどうかという点数体系になっています。
いつどんな患者が発生するか分からないがゆえの「救急」ですから、需要に合わせて過不足なく計画的にスタッフを配置することなど、できるはずがありません。赤字を恐れてスタッフの待機時間を極少にすべく陣容を控えめにすれば、すぐに引き受け不能になるわけです。
また、「救急科」では診療報酬を請求できないため、専従者が育ちにくく、診療科の救急回り持ちが続く面も意外に見逃せません。
 このように元から供給能力不足になりやすいところに加えて、医療機関側を萎縮させ、結果的に供給能力を低くさせるようなことも増えてきました。医療訴訟です。
 救急医療に関して、患者の状態にきちんと対応できる能力のない医師が対応して結果が悪く出た場合、もしくは専門医であればできたはずの医療を行わずに結果が悪く出た場合、医療機関側に賠償を命じる判決が相次いでいます。
 ポイントだけを見れば至極当然のようですが、穴があります。医療機関側にすると、困難な患者を引き受けたら訴えられるかもしれない一方、搬送を断っている限り危険がないということです。結果として、迷ったら「担当の医師がいない」「ベッドに空きがない」と答える大変なモラルハザードが起き始めています。
 特に、ある医療機関が「自分のところでは診切れない」と考えてどこかに移送を頼もうとする「病院間搬送」のように、患者の状態が深刻であればあるほど、この現象が起きやすくなることは想像がつくと思います。
 そして、初期・二次医療機関の側でも、イザという時に三次機関から受け入れを断られるかもしれないと思ったら、いよいよ難しそうな患者の受け入れを断りたくなるという完全な悪循環です。
 どうしたら良いでしょう。
 政府・厚生労働省は、救急施設を地域拠点ごとに集約化することで、①②③すべてに少しずつの改善をはかっています。一定以上の重症者は、とりあえず拠点施設へ運べば良いという状態になりますので、予算をこれ以上かけない前提としては、なかなかうまい解決方法と言えそうです。ただし、近所に救急施設のなくなる人が増えるのに対応して、道路やヘリなど搬送手段の充実も同時に必要です。
 いかがでしょう。まだ胸のつかえは取れないのではないでしょうか。
 この問題を議論する場合、私たち自身が、救急医療にどこまで望むのか、どこまで費用を払うのか、という根源的な問いに行き着かざるを得ません。ぜひ、ご自分の問題としてお考えいただければ幸いです。

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