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がん⑥ 抗がん剤なぜ効くのか2


ホルモン剤、選択のポイントは?

 ここからは女性の2大がんである乳がんと子宮体がん、そして男性特有のがんとして前立腺がんを例に、ホルモン剤の作用の仕方についてもう一歩踏み込んで見ていきます。
 女性特有のがんの場合、ホルモン療法のポイントは、閉経前と閉経後でエストロゲン分泌のされ方が違い、そのために使う薬も違ってくるかもしれない、という点です。
 閉経前の女性の場合、まず脳の視床下部というところからLH‐RHが分泌されます。このLH‐RHが脳下垂体でLH‐RH受容体と結合し、LH(卵胞刺激ホルモン)を作り出し、LHの刺激を受けて卵巣からエストロゲンが分泌されることになります。ですからエストロゲンの分泌を抑えたい場合は、LH-RHの作用を阻害するLH‐RHアゴニスト製剤が有効です。
 一方、卵巣機能が低下した閉経後は、脳下垂体から分泌された副腎皮質刺激ホルモンの刺激を受け、副腎からアンドロゲン(なんと男性ホルモン!)が作られます。このアンドロゲンが全身の脂肪細胞などにあるアロマターゼという酵素と結合して、エストロゲンに作り変えられるのです。ですから、アンドロゲンより先にアロマターゼと結合して働きを妨げるアロマターゼ阻害剤を使えば、エストロゲンの産生が抑えられるのです。
 なお、既に分泌されたエストロゲンの働きを妨げる抗エストロゲン剤は、閉経の前後を問わず使用されます。

前立腺がんにはMAB療法も

 男性特有のがんでは、特に65歳以上の高齢の男性に多くみられる前立腺がんにホルモン療法が有効です。前立腺がんは今や患者数が4万人を超えて増加中とされ、男性なら誰しも他人事とは言えなさそうです。
 問題となるのはアンドロゲンですが、若い頃はその95%が精巣で作られるテストステロンで、5%が副腎由来とされています。かつては前立腺がんのホルモン療法として、テストステロンの分泌を止めるために精巣の摘除術が広く行われていました。が、代償も大きいですよね。そこでホルモン剤による薬物治療が大きく進歩したのです。
 具体的には、テストステロンの産生を抑えるLH‐RHアゴニスト製剤、アンドロゲン受容体に取り付いてアンドロゲンの作用を妨げる抗アンドロゲン剤、あるいは女性ホルモンを投与することでアンドロゲンの関与を抑えるエストロゲン製剤が、おおまかなホルモン剤の候補です。
 なかでもLH‐RHアゴニスト製剤は精巣摘除術と同等の効果が得られるため、第一の選択肢となります。作用の仕方はエストロゲンの時とほぼ同じ。脳の視床下部から分泌されるLH‐RHが受容体に結合するのを阻害します。結果として精巣からテストステロンが分泌されなくなるため、前立腺がんが縮小していくことになります。
 ただ、LH-RHアゴニスト製剤による治療を行っている状態でも、約5%を占める副腎からの分泌の影響で、前立腺内に活性化されたアンドロゲンが約40%も残っていることが分かってきました。しかも、前立腺がんにかかりやすい50~60代になると精巣からのテストステロンの分泌が減り、相対的に副腎性アンドロゲンのがんへの関与が高まってくるとされています。
 そこで、既に産生されたアンドロゲンの作用を最大限抑えるため、LH-RHアゴニスト製剤(または精巣摘除術)に抗アンドロゲン剤を併用する治療が行われています。最大アンドロゲン遮断(MAB)療法です。実は日本ではこのMAB療法を受けている人が最も多く、ホルモン療法を受けている人全体の6割に達しています。
 それでも一般に、早期がんならLH-RHアゴニスト単独で10年間は十分がんを抑えられるとも言われます。逆にこの段階でMAB療法を用いるとなれば、副作用が大きくなる懸念や医療費がかさむことなども考えておかねばならないでしょう。

前立腺がんは治療しない場合もある?  実は前立腺がんは無治療で経過観察をすることもあります。これは高齢者に多いこともあり、一般的に他のがんと比べて進行が非常に緩やかなため。実際、前立腺がん以外の原因で亡くなった人を解剖したときに初めて微小な前立腺がんが発見されることも多いのです。「ラテントがん」(潜在がん)と呼ばれます。前立腺がん以外で亡くなった高齢者の約2割に前立腺がんがあるといわれています。つまり、治療してもしなくても命には関係のない前立腺がんがある、ということです。
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