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がん医療を拓く① 融合遺伝子を探せ


お金がないので知恵で勝負

80-1.3.JPG 世界の競争相手に比べ、がん研分子標的病理プロジェクトは、使える装置や費用の面で決して恵まれていると言えません。それでも次々と融合遺伝子を発見できたのは、独自にユニークな探索手法を開発してきたからです。
 ベースには、「病理標本上で様々な生命現象を可視化する」という竹内医師の病理医ならではの発想がありました。病理医は、患者から採ってきた組織を顕微鏡で覗いて、自らの目で情報を読み取ることを本分としています。といっても、顕微鏡でどんなに拡大しても遺伝子は見えませんから、遺伝子の様子を可視化する工夫が必要です。
 ROS1融合遺伝子やRET融合遺伝子を見つけた際には、パラフィン検体(がんの疑いがあれば必ず病理診断を行いますが、通常その検査では採取した組織をホルマリンで防腐処理してパラフィンで固めて標本を作ります)から作った切片に蛍光色素をかけて、キナーゼ遺伝子の先端と後端を両方異なる色に染めました。正常なら両端は接近しているので中間の色が見えますが、遺伝子融合が起きている場合は両端は切り離されていて二色見えます。
 しかもその際、1枚のプレパラートに、あらかじめ小さく切り出した切片を何十も載せて作業効率化とコスト低減を図りました。そうしてがん研病院で手術を受けた1500例の肺がん検体について、遺伝子融合の有無を網羅的にチェックしていったのです。
 二色見えたものについてだけ、凍結保存してあった検体で改めて融合の相方を精査した結果、4種類のROS1融合遺伝子と2種類のRET融合遺伝子が見つかったわけです。

そのまま診断法に

80-1.4.JPG 今回プロジェクトが発見した6個のうち、KIF5B-RETと呼ばれるものは、国立がん研究センターや米国ハーバード大学の研究グループもそれぞれ同時に発見していました。しかし手法は全く異なり、高速シークエンサーという機械で、肺腺がん患者一人ひとりの遺伝子(全塩基配列)を調べ尽くした結果見つかったものでした。現在の機械の性能だと、最低でも1年近くかかる上、多くの件数を調べられないので、新しい融合遺伝子に行き当たる確率は決して高くありません。
 対して同プロジェクトの確立したパラフィン検体から探すという手法は、すぐ結果が出てコストも低いので、そのままがんの診断法としても使えます。
 例えば同プロジェクトが開発したEML4-ALKの検出法でありALK肺がんの診断法でもある「iAEP法」は、既に診断キットも商品化されています。特殊な検体や高価な機械は不要で、例えば「がんが再発したけれども全身状態が悪くて新たに検体を採れない」という場合も、以前作ったパラフィン検体を使って調べられます。
 こうした検査法や診断法などの話を聞かされても、どうもピンと来ないかもしれません。しかし、手間がかからずコストの低い検査・診断法を開発することは、多くの検査を抱える病理医の負担を減らし、迅速かつ的確な診断にもつながって、患者にも恩恵のある話です。

検体あってこそ

 プロジェクトが成功している背景には、凍結保存された多くの検体があったということも見逃せません。検体は病院の手術で採られたものです。がん専門病院と研究所が併設されている「がん研究会」ならでは、と言えます。
 言い方を変えれば、日々の地道ながん診療があってこそ研究も進むのだし、過去の患者一人ひとりも単に手術を受けただけでなく医学の進歩に貢献したということができるのです。

基礎研究と臨床研究 病院などの医療現場以外にも、がんを治すために奮闘している人たちがいます。がんの基礎研究者です。▽「基礎研究」は、がんという病気そのものの原因やメカニズムを明らかにし、その成果を予防や診療に結びつけようというもの。それに専念するのがいわゆる「研究者」と呼ばれる人たちです。▽ちなみに「臨床研究」というのは、日常の診療の向上をめざして、主に医師が人を対象に行う研究です。ただ、両者の中間に位置する研究も多くあります。
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