文字の大きさ

過去記事検索

情報はすべてロハス・メディカル本誌発行時点のものを掲載しております。
特に監修者の肩書などは、変わっている可能性があります。

専門性の高い分野に蔓延る 不合理な「常識」や「掟」

梅村 どういうことですか。

江崎 歴史が長く専門性の高い分野では、様々な経緯や事情が営々と積み上げられて、独特の「常識」や「掟」のようなものが支配しており、担当者も身動きが取れなくなっているのです。明らかにルールや制度が時代に合わなくなっているのに、その分野の専門家の中では常識としてまかり通っているのです。

梅村 そう、そこを詳しくお聴きしたいと思っていたところでした。

半年準備して大勝負

江崎 それでは、外為法改正に至った経緯についてお話ししましょう。為替金融課に着任した当時、為替手数料は、1米ドル当たり1円、1英ポンド当たり4円で固定されていました。しかし、調べてみるとこの手数料は、1ドル360円時代、1ポンド1000円時代に決まったものであることが分かりました。大蔵省の担当者に手数料が変わらない理由を訊くと、「戦後、日本は外貨の調達に大変苦労した。今後、いつ外貨の調達が難しくなるか分からないので外貨管理の制度は必要だ。外貨の調達コストを考えれば、銀行がこれくらいの手数料を徴収するのは適切だ」と言われました。

梅村 1ドル1円というのは、固定相場制の頃に出来たルールだったのですね。

江崎 ええ。しかし、当時日本は既に大幅な貿易黒字によって外交問題になるほど大量の外貨を保有していましたので、この回答には正直唖然としました(笑)。

梅村 本当ですね。

江崎 この頃、国内での外貨の取り扱いは外為法によって外為銀行以外は禁止されていましたので、生産活動や取引関係が国際的に広がっている産業界には大きな負担となっていました。例えば、アメリカへの自動車の輸出やアジアからの部品の調達はドル建てなのに、自動車メーカーとその子会社が国内でドル取引をすることは規制されていましたので、自動車メーカーは一旦受け取ったドルを外為銀行で円に換えて国内の子会社と円で決済し、子会社はまたそれを外為銀行でドルに換えてアジアの企業と決済をしていたのです。

梅村 なるほど。

江崎 この結果、ドルから円に交換し再び円からドルへと交換することで二重に手数料を支払わなければならず、円高に苦しむ国内企業には大きな負担になっていました。国内でドル取引が自由にできれば、為替手数料を支払わなくて済むわけです。

梅村 銀行を介さなくてもいいわけですからね。

江崎 さらに当時、国際貿易取引では電子決済が普及し始めていましたが、日本では外為規制があるために日本企業がこれに参加することができませんでした。なぜなら電子決済によって国内企業が取引に関わった瞬間に、外為銀行以外での外貨取引が成立するため違法になってしまうのです。世界で急速に広がりつつある電子商取引から日本企業が排除されかねないという事態に直面していたのです。

梅村 なるほど、そんなことになっていたのですね。

江崎 制度の見直しを大蔵省に持ち掛けても、外為規制は大蔵省の専権事項だからと言って全く取り合ってくれません。そこで、外国為替等審議会の場で正式に問題提起することを考えました。当時、外国為替等審議会というのは、すべての発言が前日までに登録されるという慣行がありましたので、本来、不規則発言はありません。そこで初めて不規則発言をしようというのですから大変でした。

梅村 そこは厚生労働省も似たようなものですね。

江崎 産業界代表の委員の皆さんも制度見直しについては賛成なのですが、ネコの首に鈴を付けるのはさすがに逡巡されていました。このため、通産省で研究会を開催し、国際的な制度比較や経済効果など様々な材料を揃えました。半年かけて準備し、年明け1月の外国為替等審議会で勝負に出たのです。審議会の翌日の日経新聞の一面トップに「外為法改正か!」と出て、一気に流れが変わりました。

梅村 そんな大勝負もしていたんですね。

江崎 この結果、産業界にとっては数千億円規模の為替手数料負担がなくなったと思います。また、これがその後の銀行再編に繋がる一つのきっかけになったようです。ちなみに、為替手数料は法律で決まっていたわけではなく、金融界の単なる慣行でした。

梅村 医療にも、法律じゃないのに誰も疑わなくなったルールがあります。例えば、保険制度って1点10円ですが、1点10円でなければならないという法律上の規定はないのです。点数も2年に1度見直していますけれど、厚労省に訊いたら、法律事項ではなくて単なる慣習なのです。

江崎 そのようですね。

梅村 慣習は、良い意味で言えば安定を生むのですけれど、悪い意味では活力を奪います。今までやってきた通りにすれば楽ですからね。


産業政策的に危うい

江崎 先程申し上げたように、医療の分野でも制度と実体が合っていないところが金融分野と良く似ていると感じました。特に、医薬品は大切な成長産業なのに、産業政策的には非常に危うい状態にあると思います。

梅村 「危うい」ですか?
  • MRICメールマガジンby医療ガバナンス学会
掲載号別アーカイブ