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国民皆保険は絶対に守るべき ただし現状のままでの存続は無理

算術も仁術も大事

梅村 「医は算術か仁術か」という言葉があるのですが、僕はこれを選択させるのがおかしいと思っています。先に算術があって、算術がしっかりしているからこそ仁術ができるのです。今までそういう発言をするとエラく怒られてきました。

江崎 そうですね。「経済なき道徳は戯言であり、道徳なき経済は犯罪である」という二宮尊徳の言葉にあるように、きちんと算術を考えるのは当たり前のことです。これまで「医は仁術だ」と言い張っていられるほど制度や環境に守られていて、算術を考えなくてもやってこられただけだと思います。

梅村 野口英世もね、放蕩癖があって周辺には苦労させた人ですが、実は経営の才があったのです。黄熱病の研究などで海外に行くには、当然のことながら多額の研究費や渡航費を工面しなければなりません。彼はどうしたかというと、潰れかけた恩師の病院とか歯科医院の経営を立て直して、それのコンサルフィーをもらって留学しているのです。

江崎 そうなのですか。子どもの頃、野口英世の伝記は何度も読みましたが、そのようなことは知りませんでした(笑)。

梅村 話はそれますが、僕の5代前は、関寛斎という「赤ひげ先生」でした。ご存じですか、関寛斎。

江崎 もちろんです。幕末から明治にかけて貧しい庶民への医療と社会奉仕に力を尽くした方ですよね。ちなみに、私の名前に「英」の字が入っていますが、その親近感もあって野口英世に憧れて医者になるつもりでした。

梅村 えー、江崎さんは医者をめざしていたのですか。

江崎 元々無医村に生まれ育ったこともあり、将来は医者になって困っている人のために働こうと思っていました。ただ、中学の頃から物理に興味を持ち、医者になろうか物理の道に進もうか悩みました。しかし、当時、中東での戦争のニュースを見ながら、医者になるより戦争を止めることができたらもっと多くの人が救えるだろう、核兵器を無力化する技術が開発できれば、世界を救うことができるかもしれないなどと青いことを考え、一度は医学部に行きかけたのですが、最終的に東京大学の理科Ⅰ類に進学しました。

梅村 そうだったのですね。

江崎 大学では理系の分野はもちろん、法律や社会学など色々学んだ後、専門課程は国際関係論に進み、なぜ戦争が起きるのかなど世の中の仕組みについて学びました。経歴だけを見ると、あちこちぶれているように見えますが、自分の中では困っている人を助けたいという気持ちは一貫して変わっていません。お叱りを受けるかもしれませんが、私は今でも医者になるつもりというか、社会を治す医者でありたいと思っています。

梅村 心強いお話です。おっしゃる通り、本来医療は極めて社会的な存在なのですよね。いつの間にか、それがサイエンスでDNAを細かく見ていけば医学の神髄に近づくような、お伽噺になってしまっています。

江崎 同感です。個人的には、現在の物理・化学の知識で生命現象を理解するには限界があると感じています。生命現象について、現在の物理・化学の理論では、サイエンスの絶対条件である再現性が、未だ達成されていません。その意味では、医療はまだまだアート(技能)であってサイエンスではないと思います。だから、頭が良いからとりあえず医学部をめざすという傾向が学生の間にあることには不安を感じています。

梅村 僕もそう思いますね。これは国家の損失だと。例えば、医学部の定員を増やしたら、医学部のレベルが下がるとかいう議論がありますよね。

江崎 ありますね。

梅村 僕はね、レベルが下がっても別に構わないと思うのです。レベルが下がることと良い医者になることは別問題のような気がします。むしろ、理数系の学力が高ければ、それこそ物理を勉強してロケットを間違いなく飛ばせる技術を作った方が、国益という観点では非常に大事ではないですかね。

江崎 我々の住む現代の社会は、まだまだ治すべきところが沢山あります。世界を見れば社会の仕組みが悪いために命を失ったり、困窮状態に陥ったりしている人は一向に減っていません。国内を見ても、社会保障費の問題を始めとして明らかに健全でない状況にあり、治療の必要があると思われます。

梅村 対象が人の身体かそうでないかの違いだけということですね。

江崎 その通りだと思います。国家の健康を財政の観点で見れば、慢性疾患から間もなく危篤状態になりそうな状況です。

梅村 でも、この危機感はなかなか共有されませんよね。

江崎 ええ。「時代の転換期にあっても同時代の人々にとっては日常である」という言葉が示すように、一般にそうした危機感を共有することは難しいと思います。ただ、誰かが手を打たなければならないことだけは事実です。

梅村 そうですね。

江崎 我々経済産業省は、決して厚生労働省の仕事を奪おうとしているのではありません。素人として、傍目八目的な視点から問題点を指摘し、国民皆保険制度という豪華客船が沈まないよう乗船客を減らす手伝いをしたいと思っています。これまでとは違うアプローチによって、国民をもっと幸せにしながら制度の維持を実現すると共に、この国の医療技術をさらに進めることができると考えています。

梅村 それは重要なことだと思います。

江崎 繰り返しになりますが、私は世界に冠たる日本の国民皆保険制度を壊してはいけないと思っています。しかし、今のままでは立ち行かないのも事実なので、制度のどこを守りどこを見直さなければならないかを明確にすることが必要です。その上で、技術立国日本として、日本発の医薬品や医療機器が次々と生み出される環境を整えたいと思っています。

梅村 同感です。

江崎 私は、日本における医療政策は、単に患者を治すことだけが目的ではなく、ある意味で「国防」政策だと思っています。世界のどの国から見ても、医薬品、医療機器の開発など命や健康に関することは日本が一番頼りになる。そんな日本を攻撃する国は世界中から非難される。世界の人々から「この世の中に日本という国があってくれてありがとう」と言われるような、そんな社会を作りたいと思っています。それが二度と戦争をしないと誓ったこの国の戦い方だと思うのです。

梅村 大変面白いお話でした。日本の医療は日本国民だけのものではなく、世界の人々を救い、そのことが翻ってこの日本そのものを守ることになるというお話は、私も心から共感します。これからも共に頑張っていきましょう。ありがとうございました。

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