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ニュース〜医療の今がわかる

福島県立大野病院事件第三回公判

 続いて、医療者と司法との相性の悪さについて説明したい。

 検察官は、前回公判の産婦人科医・K医師の時と同じように、今回の麻酔科医・H医師に対しても、その検面調書(不同意書証)の署名指印部分を示してから、あの時はこう言いましたよねという尋問を行った。さらに弁護人とH医師との事前打ち合わせの際に福島県立医大産婦人科のY助教授が同席していたとの証言を引き出して、「医療界がグルになって圧力をかけて証言を変えさせている」との心証形成を諮った。前回が前回だっただけに安っぽい三文芝居に見えてしまうのだが、それでも、場合によっては裁判の流れを決定づけかねない攻撃だ。

 検察側がこのような攻撃に出るのは、元をただせば、重要な点について供述調書の内容と公判証言とが食い違うところに問題がある。警察・検察の取り調べの問題に帰すことは簡単だし、それが最も大きいのだろうとは思うのだが、それが全てとも言えないのでないか。司法と医療との間に、溝を埋めがたいほど根本的な考え方の違いがあるように思えてならない。

 なお下記のやりとりは、麻酔記録を見れば分かることを事件後2年以上も経った記憶と照合させるという一般人には意味を理解しがたい主尋問を延々と繰り広げ、かなりの部分に関して「記憶が曖昧」という証言があった後の検察による再尋問である。

  検察 今日の証人尋問の前に検察で事情聴取を受けたと思いますが、その時は当時の記憶に従って説明したということでよいでしょうか。
  H医師 はい。
  検察 話した内容は供述調書を読んで確認しましたか。
  H医師 その場で確認しました。
  検察 内容に訂正したいところがあれば訂正し、確認し署名をしましたか。
  H医師 はい。
  検察 複数回取調べを受けて、記憶のはっきりしたところははっきりと、曖昧なところはそのように証言しましたか。
  H医師 はい。
  検察 供述調書の署名指印を証人に示します。
(複数の供述調書の署名指印をH医師に見せる)
  検察 甲23号証、平成18年3月3日に検察で取調べを受けたのは覚えていますか。
  H医師 日付までは覚えていませんが、取調べがあったことは覚えています。
  検察 pumpingを開始した理由を説明していますが、どのように説明したか覚えていますか。
  H医師 いいえ覚えていません。
  検察 では、記憶喚起のために読み上げます。「看護師から出血2000mlの報告があり、目に見え出血が増えていました。通常の輸液では間に合わないので、2本あったラインの左側でpumpingを開始しました」。3月3日当時の供述を聞いて、pumping開始が2000mlの報告と目に見える出血を受けてのものと証言したことを思い出しましたか。
  H医師 思い出せませんが、記録がそうなっているのであれば、その時はそういう記憶があってそう話したのだろうと思います。
  検察 pumpingとヘスパンダー投与の前後関係は覚えていますか。
  H医師 覚えていません。
  検察 「pumping開始後まもなく血圧が下がったので、pumpingによってヴィーンFを全て体内に送り込んでから、さらに左右それぞれヘスパンダー500mlをつないだのです」。
  H医師 しゃべったかことは覚えていませんが、そう記録されているということは、そう言ったのでしょう。
  検察 目に見える出血もヘスパンダー投与の理由と話していますが。
  H医師 そう言ったかは覚えていません。調書にあるならそう言ったのでしょう。
  検察 子宮内から血が風呂のようにわき上がってきたのが、どの時点からかは今ははっきり記憶していないということでしょうか。
  H医師 はい。
  弁護人 異議。不同意調書について読み上げている。
  検察 証人の記憶喚起のために読み上げているのであり、弁護人の異議には理由がないと思料いたします。
  別の検察官 刑訴法227条だよ。
  裁判長 捜査時点と今との一致を確かめているわけですよね。異議は棄却します。
  検察 「子宮を切開した開口部と手やクーパーの隙間から子宮内の様子が見えた事が何度かある。子宮内から血がわき上がるように出ていた」。
  H医師 調書の記憶はほとんどありません。
  検察 記録があるなら喋ったのだろうということですか。
  H医師 そうなりますね。
  検察 「子宮から大量に出血していることが分かった」。
  H医師 書いてあるなら。
  検察 どういう器具だと思ったのか。
  H医師 クーパーかと思ったが断言はできなません。
  検察 「どの時点からクーパーを使っていたのかは分からない。子宮を切開した開口部と手やクーパーの隙間から子宮内の様子が見えた事が何度かある。子宮内から血がわき上がるように出ていた」。
  H医師 特に警察の場合がそうでしたが、こちらのニュアンス的なものを全て断言するような形にされてしまったんです。
  検察 表現がどうかはともかくとして、内容として、記憶に無いことをあるとして述べたことはありますか。
  H医師 ありません。
  検察 「子宮を切開した開口部と手やクーパーの隙間から子宮内の様子が見えた事が何度かある。子宮内から血がわき上がるように出ていた。子宮から大量に出血していることがわかった」という記憶があって説明したと。
  H医師 そうだと思います。
  検察 「実際の出血範囲は分からないが、見た感じの印象として子宮内全体からわき出るように出血していました」。
  H医師 そう調書にあるなら。
  弁護人 主尋問の時点で既に予定時間を30~40分オーバーしています。長すぎませんか。
  検察 反対尋問の内容を受けて、確かめるために新たに質問する必要があります。
  裁判長 異議を棄却します。
  検察 器具を使い始めたことと出血の増減については、今は曖昧ですか。
  H医師 はい。
  検察 捜査当時は「クーパーを使い始めたのと2000mlの報告の前後関係ははっきり思い出せません。ただ、出血が急激に増えてきたのはクーパーを使った後でした」。
  H医師 そういう記憶で言ったのでしょう。
  検察 警察での最初の事情聴取が平成17年4月23日にありましたか。
  H医師 日付は覚えていませんが、警察で取調べを受けたことはありました。
  検察 出血についてどう説明したかは覚えていないということだが、「子宮が壁となって断言はできないがクーパーのように見えた」と。
  H医師 細かいニュアンスは無視され、断言していないところを断言したように書かれました。事情聴取というのは、こういうものなのかと警察に対しては半分諦めていました。
  弁護 員面調書は開示すらしていないのだから関係ないでしょう。
  裁判長 関係ないですね。
  検察 証人の認識として、警察より検察の方がニュアンス的なものを取ってくれたということでしょうか。
  H医師 そうですね。警察よりは。

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