文字の大きさ

ニュース〜医療の今がわかる

■樋口範雄委員の意見


(スライド2)先回の中川翼先生のご発言
スライド2_樋口範雄教授資料.jpg 私が今日、報告する直接の契機になったのは前回のこの会議で、(私の)隣に座っておられるんですが、(同懇談会委員の)中川翼先生(札幌市の定山渓病院院長)がこういう発言をなされました。

 「もっと法律のほうも頑張ってほしい。座長の町野先生も苦しいところだと思いますけれども、法律の方がもう少し積極的に考える方向でないと、結局......(我々医療者がそれなりに投げかけているのに、これはまだ早いとか画一的になると言っているのは、どうも私は納得がいかない)ということですよね。
 こういう風に「切実な」というか、もちろんこれで初めて気が付いた訳ではないんですが、改めて中川先生にそう言われて、私も少しだけ考えてみました。

(スライド3)課題→以下の項目は密接に関連する
スライド3_樋口範雄教授資料03.jpg そこで今日の課題は中川先生のご要望に応えること。要望は「医療現場の悩みに法律家は十分応えていないではないか」ということです。これに答えることはなかなかできなくて、これから申し上げても中川先生は「なんだ、全然役に立たんよ」と、こういう声が聞こえそうな感じもするんですが、しかしあえて元気を出してですね、少しだけ時間を頂きます。

 それから(項目2も)、同じことだと思いますが、こういういくつかの疑問があって、これが全部、「表裏」なんですね。今回の世論調査(2007年度「終末期医療に関する調査」)でも、国民の多くは「リビング・ウィル」(書面による生前の意思表示)について理解が進んでいる。「そういうものがあったらいいね」という回答もある。
 しかし、今日(の懇談会で示された「03年調査から回答傾向に変化のあった設問」では)、お医者さんについては少し違うという傾向(リビング・ウィルの法制化に賛成する医師が前回調査から増加したこと)が紹介されていましたが、多くの人は、普通の人は、「法制化」、法律をつくることには消極的なんです。一体、これは何なんだろうか。

 それから(項目3)、これは小さなことなんですが、この懇談会に法律家は......、私も法律家と言ってもいいと思うんですが、町野(座長)さんはもちろんですが、町野さんと私しかいない。
 それから、これはちょっと簡単に言えるかどうか分からない。それこそ世論調査の中で、こういうのも入れてもらったいいのかもしれないんですが、私の考えでは、これは間違っているかもしれませんが、多くの法律家がですね、(リビング・ウィルの)法律をつくろうと言っているかというと、そうでもない。法律家というのは、法律をつくるのが大好きなように思うんですけどもね、一般的には。これはそう簡単に積極的にいくかというと、そうでもないような気がするんです。それはどうしてなんだろうか?

 それと(項目4)、さらに小さな、瑣末(さまつ)なことを言うと、私は英米法、アメリカ法を教えていましてね、アメリカではどこの州でも、「リビング・ウィル」の法律があるんです。1970年代以来ですから、もう40年近くということですよね。それなのに、「アメリカ法が大好きな樋口はなぜ積極的じゃないのか」と。こういう質問を自分に投げ掛けてですね、少し考えたことを申し上げます。

(スライド4)08年10月8日朝日新聞朝刊第3社会面、NHKニュース10月7日篠田記者
スライド4_樋口範雄教授資料.jpg これは千葉の(亀田総合病院の)事件です。つい最近の事件ですけれども、NHKニュースのまとめ方はですね、「呼吸器外しの法律はない」というコメントが入り、板倉(宏)先生という有名な(日大大学院教授で弁護士の)先生が出てこられて、「やっぱりこういうことがあると、嘱託殺人に当たる可能性がある」という風に言っておられる。

 しかしこれ、本当は聞き方でですね、板倉先生に「この事件でも、最終的に裁判で有罪になる確率が高いと本当に思われますか」と言われたら、それは......。まぁ、逃げるのは分かるんです、自分は裁判官じゃないから。しかし、「確率は高くないよ」というのが普通なんじゃないかと。板倉先生と私は違うので、(回答は)違うかもしれないんですけども。

(スライド5)アメリカのcasebook(ロースクールの教材)の事例
スライド5_樋口範雄教授資料.jpg それで、アメリカの(ロースクールの)ケースブック。アメリカのロースクールは弁護士を養成するところです。そこで、あるケースブック、教材のバイオエシックス(Bioethics)という「生命倫理と法」、あるいは「医療と法」という科目で、1ページ目のところにこういう事例があるんです。

 「ある金曜の午後4時半、300ベッドの病院の顧問弁護士であるあなたのもとに電話が入った。電話をかけてきたのはスミス医師で、あなたの助言を求めてきたのである。医師はジョーンズさんという37歳の患者を診てきた。患者は、肺癌の末期にあり、すでに骨に転移が生じていた。余命はせいぜい1ヶ月というのが現在の状況であり、治療はもっぱら進行を遅らせるための化学療法と疼痛緩和に向けられていた。また、ジョーンズさんには心臓ペースメーカーも装着されている。さて、そのジョーンズ氏がもう化学療法もやめて、ペースメーカーも止めてくれと言ってきた。この要請は繰り返しなされており、医師は患者が明確な意識のもとで一貫した意思を表明していると判断している。そこで医師はどうすべきかを相談してきたというのである」

 37歳の患者さんが末期がんです。(余命)1か月ぐらいしかなくて、その末期がんの患者が化学療法もやめてペースメーカーも止めてくれと言ってきた。どうしたらいいかを弁護士に相談している。日本で、お医者さんが弁護士に相談すると、「これは嘱託殺人になるんじゃないか」というような話が......。
 しかし、アメリカのケースブックには一切出てこない。信じられないことに。300床ですから倫理委員会があるはずなので、「倫理委員会でじっくり相談してみなさいという助言を弁護士が与えると、すごく立派だ」と書いてあるんです。アメリカで、あれだけ弁護士がいて法律によって裁かれている社会で、こういう対応がロースクールで、弁護士を養成するところで行われている。
しかし、日本になると嘱託殺人という、すごくおどろおどろしい話になる。「それは一体どうなんだろう」ということを私は考えている。

(スライド6)アメリカの医師国家試験問題
スライド6_樋口範雄教授資料.jpg 次は、アメリカの医師国家試験の模擬問題で、明らかな正解があるという問題。これ、終末期医療とは限らないんですが、ちょっと参考になる。これは、交通事故に遭った男性が(ICUに)運び込まれて脳死なんです。既に脳死状態にあることが、あらゆる基準で確立したと。
 その男性は、臓器移植カードを所持していて、明らかな臓器移植提供の意思を示している。そこで、(臓器移植チームが)家族と連絡を取ったところ、家族は反対だと言う。

 日本と違って、アメリカの法はどこの州でも本人の意思だけです。家族の意思はきかなくていいという。「家族が反対しても、本人の意思だけで臓器移植が決まります」というのがアメリカ法なんですが、この(選択肢の)A、B、C、Dで、一体どれが正解なんだと。

 A 人工呼吸器を止めて臓器を摘出すべきである。
 B 心臓停止を待って臓器摘出すべきである。
 C 裁判所の命令を得るべきである。
 D 家族の意思を尊重し臓器提供をやめるべきである。

 私は一応、念のため「裁判所の命令を得るんじゃないかな」(C)と思ったりしたのですが......。

  • MRICメールマガジンby医療ガバナンス学会
loading ...
月別インデックス