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ニュース〜医療の今がわかる

『患者の経済負担を考える』


 医療を別の角度から見れば、一つの産業である。聖職という先入観にはなじまないかもしれぬが、利益を出して雇用を生み、再生産を行っているのである。再生産とは医療の継続であり、進歩である。日本医師会は医療産業に忠実な日本最強の利益団体といえる。かれらが声高に叫ぶ国民皆保険制度は基本的には正しいが、一切の自由を認めないのは人間性に反する共産主義である。その一つに混合診療を解禁するより必要な治療はすべて保険に入れて、それ以外は禁ずべきというのがある。しかしそれはユートピアである。日本国家が800兆円を超える借金漬けで若い世代に送られる状況にあり、しかも国民はヨーロッパのように20数パーセントの消費税を負担する覚悟を持てないでいる。高額な先進治療や薬をすべて保険に入れたら、財政はパンクし、皆保険はつぶれる。実際一部の人にとって皆保険はすでに夢物語なのである。

 そもそも国家財政がひっ迫し、診療報酬を病院窒息死まで引き下げなければならないのは、国が800兆円もの借金をかかえているからである。しかし国民は1400兆円の資産を持っている。それを握って決して離さないのは、将来が不安だからである。医療、介護、年金への不安、不信があるからである。社会保障の安心を実現すれば1400兆円は出てくる。政治家が天下り官僚国家への不信を解消すれば国民は負担増を受け入れる。しかしそのような政治家は出てきそうにないから、現状での医療再生を考えなければならない。

 航空会社はビジネスクラスを編み出し、その利益でエコノミークラスを継続しているという。医療も同じである。公定価格の保険診療は国家財政と国民自己負担の原理から病院にとっては将来も持ち出し、赤字である。そこに高度医療、先進医療を併用する混合診療を導入することによって、皆保険を続けられる利益が生まれる。その混合診療を選ぶ自由を患者と病院に与えるべきである。

 今までの医療政策、医療制度は日本医師会や製薬企業など既得権を持った声の大きなサイドを軸に決定されてきたといっていい。第一級のステークホルダーである患者の声は弱かった。がんなどの難病、重病の医療における真のステークホルダーは誰か。医師会や薬剤師会、学会、保険者団体、さらに患者団体という組織ではない。ましてや政治家や厚労省といった国家組織ではない。成松東京大学医科学研究所客員研究員によれば、それは第一に患者、次に予備軍である国民、そして患者の利益の最大化を職業的な使命としている医療人である。NPO法人日本医療政策機構が2008年4月に発表した世論調査結果では、一般国民の8割が難病・重病患者への混合診療に賛成している。今までのステークホルダーが語っていた混合診療反対という意見は、真のステークホルダーである国民の意見と乖離しているのである。

 それなのになぜ日本の医療政策や医療制度は開業医や企業など供給側や厚労省という調整側の利益に偏るのか。これについて日本の学者の分析があるのか知らないが、1994年に出版された知日家ヴォルフレンの『人間を幸福にしない日本というシステム』にこう記されている。「厚生省は病人を楽にしたり病気を治したりすることが最優先事項だとは考えていない。他省と同じで、まず日本の産業の保護を考える。さらに官僚は消費者より企業の保護を好むだけでなく、社会統制力も手中に残そうとしている」それから15年経って厚労省は変わったであろうか。

 このような患者サイドに立った講演を企画し、しかも患者自身による発表を実現された国立がんセンターの土屋院長ならびにシンポジウム関係者に深く敬意を表する。国立の中央病院という行政的にも難しい立場でありながら、がん治療機関の総本山という強い権威を患者という弱いもののために使われる志は、私権と実利に走る今の世にあって、誠に貴重であり、感動的だ。ありがとうございました。

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