120号(2015年9月号)

患者と医療従事者の自律をサポートする月刊情報誌『ロハス・メディカル』の2015年9月号です。


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LOHASMEDICALVIEW東京歯科大客員教授 続いて⑦「脳の血流を促進する」。脳血流が増加するということは、その部位の脳細胞が活発に働いているであろうと推測されます。先ほども、咀嚼の際に脳や神経が大活躍していると説明しました。 「リハビリテーションの基本的原理は、人間の組織は使わないと衰える、適度に使えば衰えを防げるし強化すらできるかもしれない、ということです。脳細胞も使った方がいいでしょう」ということですから、血流が増えるのは良い変化という解釈になります。 ただし、「実は、歩いたり指先を使ったりしても、脳血流は同様に増えることが知られています。違いは、歩いたり指先を使ったりする動作は歩くだけの体力が必要だったり、指先の動作を目で追う必要があります。咀嚼の場合には少々体力が衰えても大丈夫、目が悪くなっても匂いや味で食べ物のおいしさを感じることができます。好きな人と一緒に食べれば、至福の時間となります」と山田教授は話します。 咀嚼で脳が強く活性化されるということを、ガムを噛む実験で示した論文が2008年に日本から発表されています。これについては次号でお知らせします。 ⑧「歯、歯肉、歯槽骨を強くして、これらに関わる疾患を予防する」は、これまた説明するまでもありませんね。 ということで、咀嚼の効用は何となく納得いただいたとして、なんでこんな報告が約10年前に出されていたのか、を最後に確認しましょう。 山田教授は言います。「足腰が立たない状態になる疾患は数多く存在しますが、顎が動かなくなるものは、ほとんどありません。脳卒中の片麻痺の時でさえ動きますし、死の直前まで機能が残ります。それだけ、動物にとって根源的な機能と言えるのだろうと思います」 現代は快適な分、昔に比べて咀嚼の必要性は少なくなっています。そのことを社会の進歩として喜ぶだけでよいのか、実は生きる力を損なっているのでないか、という問題意識が報告を出させました。 世界各地で食べられているものの多様性を見ると、「おいしい」という感覚が、地理的・文化的背景や個人的経験に大きく影響されると分かります。そして、ご先祖たちが咀嚼を武器に果敢に「食べ物」を広げてきたからこそ、人類の現在の繁栄があることにも 食糧安全保障の観点に立っても、自分の住んでいる地域の食材を「おいしく」食べられるだけの咀嚼能力がないと、外からの食べ物に頼らざるを得なくなり、何かあった時には生き残りづらくなります。その意味で、子どもの時に、大して咀嚼の必要がないものばかり食べていると、将来祟るかもしれません。 健康の観点からは、有史以前からずっと使ってきた咀嚼関連の筋肉や脳細胞をあまり使わないでも大丈夫なのか、注意が必要です。実際、今年になって「オーラル・フレイル」という概念に大きな注目が集まるようになっています。これについては、次のページからの特集をお読みください。山田好秋気づかされます。 逆に言うと、歴史的な知恵を含んだ食生活を伝承していこうにも、食べる側の咀嚼能力の問題で絶える、という可能性はあるのです。5LOHASMEDICAL脳血流の意味咀嚼の再評価が必要


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