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情報はすべてロハス・メディカル本誌発行時点のものを掲載しております。
特に監修者の肩書などは、変わっている可能性があります。


リスク因子は病気か

 最後に、恒常性維持システムに危機の起きる確率を上げる「リスク因子」について考えます。現代医療では、因子を持っている人を場合によっては病気扱いして治療し、危機の確率を下げることに大きな力が注がれています。
 このような取り組みの必要性は、医療界内部で自明のことですが、外部の人に共有されているとは言い難いところがあります。自覚症状のない生活習慣病などで、「あなたは病気です」と言われて釈然としない人もいることでしょう。
 そもそも、まだ起こってもいない危機の確率が上がるとか下がるとか、どうして言えるのだろうと不思議に思いますよね。
 外部の人は「これこれこうだから、こうなる」と理屈で説明できるか否かで考えると思います。しかし実際には、人体は極めて精密かつ複雑なシステムであり、予想もしないようなことが起きます。
 このため現代医療では、膨大な人々を、特定因子のあるなしで追跡調査して、死亡率や危機的疾患の発症率などに関して統計学的に有意な差が認められた場合に、リスク因子(コラム参照)と認めるようになってきています。
 このように統計データからリスク因子を考察する学問を疫学と言います。考察の際、最終的に何が起きたかで判定する基準(エンドポイントと呼びます)の取り方と、リスク因子候補の選び方、そのリスク因子候補以外のもの(交絡因子と呼びます)の影響をいかに排除するかが重要です。これらを誤ると、局所的には正しくても大局的には間違っているトンデモ学説が生まれます。
 一方で「疫学データだけでメカニズムが明確でないから、事実と決まったわけではない」というような主張を目にすることもあります。しかし、疫学で相関関係が出ているのならば、何か影響を与えていると推論してメカニズムを探求するのが現代医療です。
 ただし、リスク因子はあくまでも確率論で、シロかクロかではないこと。たとえばAという因子は確率を2倍に上げる、Bという因子は20倍に上げる、両方組み合わさると50倍に上がるというように、重み付けの違いがあることにご注意ください。
 ちなみに、社会全体で病気の確率を下げることは、個々に苦しむ人を減らすことになると同時に医療費を節約することにつながります。このため法定健診が実施され(07年4月号参照)、ハイリスク群を見つけ出すことに一役買っています。「要精密検査」とか「要受診」とかの結果が出たら、その先で医療の介入が始まるのは前述の通りです。
 このように全人口に対して働きかけてリスクを下げる取り組みを「ポピュレーションアプローチ」、ハイリスク群に働きかけてリスクを下げる取り組みを「ハイリスクアプローチ」と呼びます。それぞれ対象と手法が異なるのですが、混同されていることもあります。
     ◇
 本誌では、今回からしばらく、医師などから伝えられる疾病の「リスク因子」が何を意味しているのか、なぜリスク因子と呼ばれるのかについて理解を深めていただきたいと考えています。

たとえば心血管疾患 そのリスク因子は
 脳卒中や心臓発作など「心血管疾患」のリスク因子は、高齢者であること、男性(女性では閉経期以降)であること、家族に心血管疾患の既往があること、それから高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満、運動不足、喫煙などです。
 前3つの項目は個人の努力で変えようのないものですが、後ろの項目の危険度は、個人の節制や努力、適切な医療の介入によって減らせることがあります。ただし、後者の項目に何が影響を与えるかを見た時、たとえば脂質異常症にも、家族性高コレステロール血症など、個人の努力では変えられないものや遺伝素因が出てくることもあります。

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