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がんの分子標的⑤ がんが特に必要とするもの


ボルテゾミブの実現

 「ボルテゾミブは、多発性骨髄腫の治療を一変させました」と照井担当部長。「薬だけで、がんの完全な消滅をめざせるようになりました。骨髄移植するしかない患者も、できるだけがんを縮小させてから移植するようになっています」

 プロテアソームは筒状に分子が集まり、上下にフタがついたような構造をしています。本体部分には3種類の酵素が組み込まれていて、ボルテゾミブは特にそのうちの1つ(β5、キモトリプシン様活性部位)に取り付いて、タンパク質分解作用を妨げます。

 プロテアソーム阻害が、がんの増殖抑制にどうつながるのかについては、「諸説あります」とのこと。

 「基本的には、がんの増殖因子を増やす経路がブロックされます。まず、分解されるべきIκBという物質が増えてしまう。IκBはがん増殖に必要な転写因子NF‐κBの抑制因子なので、IκB増殖によってNF‐κBが抑制される。結果的にがんが増えられなくなるというのが作用機序の一つです」
 骨髄腫細胞は、細胞周囲の微小環境が出すサイトカインに育てられて増殖することも分かっていますが、「プロテアソーム阻害によりサイトカインの放出が抑えられます。NF‐κB抑制の関与が言われています」

 細胞周期の進行も妨げます。「分解されるべきタンパク質が細胞内に居座ってしまって次のステージに進めなくなり、分裂・増殖が抑えられます。最終的にアポトーシスに至ると考えられています」
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 プロテアソーム阻害剤は、アイディア自体は昔からあって、試行錯誤が繰り返されてきました。しかし、「多くの候補薬は、いったん投与するとプロテアソームに結合して離れず、投与をやめても代謝されずに副作用ばかり出てくるなどして臨床応用に至りませんでした」と照井担当部長は説明します。特に問題になったのが骨髄抑制(血液を作る働きの低下)でした。休薬期間を設けても薬が代謝されず、造血機能が復活しない候補薬が多かったと言います。

 ようやく実現したボルテゾミブ。それでもプロテアソーム阻害剤に特徴的な副作用として、骨髄抑制最や深刻な末梢神経障害(手足のしびれや痛みなど)が見られます。

相次ぐ新薬開発

 末梢神経障害の副作用を軽減した新薬も登場しています。「再発あるいはボルテゾミブが効かなくなった症例の次の一手として、カーフィルゾミブが、米国で既に販売・使用されています。日本でも臨床試験(第Ⅲ相)までこぎつけています」

 より高い効果の期待される薬も開発中です。ボルテゾミブが強く作用するプロテアソーム酵素活性部位は主にβ5、カーフィルゾミブも同じ部位に強く作用します。それに対し、3種類(β1、β2、β5)を阻害するマリゾミブが、海外で臨床試験に入っています。

 経口薬(飲み薬)の開発も進められています。ボルテゾミブ等はどれも注射薬なので、通院で会社を休んだりする必要があります。この負担を減らすべく、経口プロテアソーム阻害剤(MLN9708)の臨床試験が、世界規模で複数行われています。

 ちなみに、元々ボルテゾミブは静脈注射で使われていましたが、ヨーロッパの医師がたまたま皮下注射したところ、効果は変わらず末梢神経障害減ると分かり、今まではほぼすべて皮下注射に変わっています。

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