がんの分子標的③ がんに多量発生しているもの
どこにどうフタするか
過剰発現しているEGFRやHER2受容体の働きを妨げようとする場合、大まかに2通りのアプローチが考えられます。
低分子薬(細胞内領域にフタ)
一つ目は、前にも取り上げたイレッサ(ゲフィチニブ)と同じ手法です。つまり、EGFRやHER2のATP活性部位に結合しやすいような低分子薬を投与し、そこにフタをしてしまうもの。ATPに先んじて結合することで活性化を防ぎ、細胞増殖を指示する核へのシグナル伝達も遮断してしまいます。
EGFRの場合、これをまず実用化したのがタルセバ(一般名エルロチニブ、適応は非小胞肺がんや膵がん)です。イレッサもタルセバも、EGFRに変異がなくても結合はしますが、タルセバの方がより強く結合する(離れにくい)可能性も報告されています。
同じような仕組みで、過剰発現しているHER2受容体のシグナル伝達を妨げるのが、タイケルブ(一般名ラパチニブ、適応は乳がん)です。なお、タイケルブはEGFRにも結合することが明らかになっています。
抗体医薬(細胞外領域にフタ)
もう一つのアプローチは、細胞膜外の増殖因子が結合する部分にフタをしてしまうもの。これを実現するのが抗体医薬です。
抗体医薬は、体が免疫機能として持っている抗原抗体反応を応用するものです。抗体は本来、体内に侵入した異物を攻撃・排除するため体が産生するタンパク質で、異物の表面にある特定のタンパク質(抗原)に結合します。一つの抗体は一つの抗原だけに反応するという特異性があります。この仕組みを使って人工合成した抗体を、がんの原因となっている特定分子に結合させ、がん治療に役立てようというわけです。
EGFRに関して、アービタックス(一般名セツキシマブ、適応は大腸がんや頭頸部がん)やベクティビックス(一般名パニツムバム、適応は大腸がん)といった薬剤が市販されています。
ただしこれらは、EGFR以下のシグナル伝達を担う因子であるRasやRafなどの遺伝子が正常でなければ、効かないことも明らかになっています。すなわち、それらの遺伝子が「KRAS」「BRAF」などに変異していると、増殖因子がEGFRに付かなくてもシグナルは流れ続けて、がん細胞が増殖してしまうのです。そのため、こうした遺伝子変異が見られない患者さん、あるいは下流の異常なたんぱく質の働きを薬で抑えられる場合、投与対象となっています。
また、アービタックスは受容体にフタをした後に、NK細胞や単球などの免疫細胞を呼び寄せ、がん細胞を攻撃させる効果もあります(抗体依存性細胞障害作用、ADCC)。ところが、抗体の種類の微妙な違いから、ベクティビックスでADCC活性は期待できません。
一方、HER2受容体を標的とした抗体医薬に、ハーセプチン(一般名トラスツズマブ、適応は乳がん、胃がん)があります。ハーセプチンも、ADCC活性を期待できます。
また、今年6月には新たにパージェタ(一般名ペルツズマブ、適応は乳がん)が薬事承認されました。パージェタは、ハーセプチンと同じくHER2受容体に結合する抗体医薬ですが、ハーセプチンとは異なる所に結合し、HER2受容体が他のHERグループ受容体と協働するのを妨げることで、シグナル伝達を回避させます。