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がんの分子標的③ がんに多量発生しているもの

98-2-1.jpg 正常細胞よりがん細胞で過剰発現が見られ、がんの増殖に必須なものも「分子標的」になり得ます。それらを狙った薬剤も次々に実用化されています。「がんだけに存在するもの」に引き続き、がん研有明病院呼吸器内科の西尾誠人部長にうかがいました。

96-1.1.jpg 従来の細胞毒系の抗がん剤では、様々な化合物をがんにかけてみて、がんの成長を抑制するものを探す所から開発が始まりました。

 これに対して分子標的薬では、分子生物学等の発展を背景とし、がんの増殖メカニズムの解明が先行します。がん増殖の、どの段階のどの部分を狙うべきか、その分子レベルでのターゲットが文字通り「分子標的」です。

 標的分子が、がん細胞だけにあって増殖に必須なら正常細胞への影響を最小限にできて理想的、というのが前回の話でした。では、がん細胞で正常細胞より大量に発現していて増殖に必須なものは、どうでしょう。

 正常細胞にもある分子を攻撃してしまうなら、細胞毒系の抗がん剤と大差なさそうにも見えますが、「がん増殖に関わる分子に過剰発現が見られると、がんの悪性度が高かったり、予後が悪かったりすることが分かってきています。逆に、そうした分子の働きを抑えることで、予後が良くなるケースもあるんです」と西尾部長は説明します。
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EGFRとHER2

 非小細胞肺がんをはじめ様々ながんで過剰発現が確認されている(表)ものに、「上皮成長因子受容体」(EGFR)があります。

 あれ? EGFRは、前回にも登場しましたよね。皮膚や肺、消化管などを構成する上皮細胞の細胞膜にある、いわば〝細胞増殖のスイッチ〟でした。

 というわけで、まず復習を。

 細胞の外からやってきた上皮成長因子(EGF)がEGFRに結合すると、細胞膜内の活性部位はATP(エネルギー変換物質)がはまりやすい構造をとります。そこに細胞内にあるATPが結合するとEGFRは活性化し、以降、細胞内の物質がドミノ倒しのように連鎖的に活性化されていきます(シグナル伝達)。そうして核に達すると、核内で細胞増殖アクションが開始されます。変異型のEGFRでは、EGF等が結合しなくても常に活性化しているので、細胞増殖が止まらなくなり、がんにつながるということでした。

 今回問題になっているEGFRは、正常細胞と同じものです。しかし、予後不良や転移しやすさ等との関連性も報告されています。何が起きているのでしょうか?

 EGFRを介した細胞内シグナル伝達は、EGFRに異常がない限り、細胞外からやってきたEGFの結合で始まります。このEGFは、血液をはじめ尿や涙などあらゆる体液で見つかっていて、珍しいものではありません。ですから、受容体が過剰に発現していれば、どんどん結合してしまいます。その結果、EGFRより下流のシグナル伝達も過剰に活性化されて混乱をきたし、暴走的に細胞増殖が続くというわけです。
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ファミリーだった

 乳がんや胃がんの一部を始め、多くのがんで過剰に発現している(表)のが、HER2受容体です。この受容体は、EGFRに似た物質として見つかりました。名前も「ヒトEGFR関連2(human EGFR-related 2)」を略したもので、「EGFR2」と呼ばれることもあります。

 ちなみに、EGFRやHER2の他にHER3とHER4が見つかっていて、4種類合わせてHERファミリーと呼ばれています。HERファミリーの遺伝子とその発現形であるタンパク質は、いずれも同じような形をしていて、細胞膜を貫いて存在し、細胞の表面に受容体構造が顔を出しています。

 HER2受容体もEGFRと同じように細胞増殖を指示するシグナル伝達のスイッチ役を担っています。

 違うのは、他のEGFRファミリーは、細胞膜外の部分に増殖因子が結合するのをきっかけに細胞増殖のスイッチが入るのに対して、HER2受容体ではそうした増殖因子が今のところ見つかっていない点です。増殖因子の結合がなくても、HER2同士あるいは活性化した他のHERファミリーと協働体制をとり、細胞増殖スイッチをオンにして、シグナル伝達を開始すると考えられています。

 過剰発現が見られる乳がんや卵巣がんで、予後不良となることが報告されています。

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