がん幹細胞を追いかけて①
がん幹細胞から、がんはできる?
ここでは、これからのシリーズを理解していただきやすくするため、どのように研究が進んできたかを簡単に説明します。
腫瘍を形成しているがん細胞がごく少数のがん幹細胞から作り出される、という「がん幹細胞(モデル)仮説」は、1970年代に提唱されました。
それまで、どの腫瘍細胞も新たながんを作ることができると考えられていたのが、そのような性質を持つのは一部に過ぎないという考え方です。
考え方の違いをたとえるなら、ハエ型社会か八チ型社会かということになります。ハエは、どの娘ハエも卵を産むことができます。対してハチは、女王蜂のみが子孫を残せます。さて、がんは、果たしてどちらでしょうか。
白血病で発展
仮説通りのがん幹細胞の存在が最も早く確かめられたのが1997年、急性骨髄性白血病(AML)で、でした。
カナダのDick博士らが、免疫不全マウスに様々なヒト白血病細胞の移植を繰り返すうち、細胞表面にある分子(表面抗原)の発現パターンが正常な造血幹細胞と同じものを移植した場合のみ、白血病が発症することを発見したのです。さらにそのマウスの白血病細胞を培養し代替わりさせてから、別のマウスに移植しても同じく白血病を発症しました。
正常な血液細胞では、造血幹細胞を起点として段階的に分化が進行し、様々な血液細胞が供給されます。その結果、血液細胞には、分化程度の低いものから、増殖能力の失われた赤血球や各種白血球まで、様々な段階の細胞が含まれることになります(階層性)。
AMLでも、造血幹細胞と同じ表面抗原パターンを持つのは、がん細胞100万個あたり0.2~100個という少なさです。がん細胞に階層性が見られることも、がん幹細胞仮説の正しさを強く支持しています。
表面抗原で見分け
Dick博士らの発見以来、大多数の非がん幹細胞から、がん幹細胞を選別するには、がん幹細胞に特徴的な表面抗原を目印とする手法が主流になってきました。この目印は、「がん幹細胞マーカー」と呼ばれます。抗原抗体反応を応用した試薬を振り掛けると、特定のマーカーの発現スイッチがオンになっている細胞だけ染まる仕組みです。
近年では、がん幹細胞様の性質を示す細胞が、固形がんでも見つかってきています。乳がん、脳腫瘍、前立腺がん、大腸がん、頭頚部がん、胃がん、膵がん、肝臓がんなどで、少なくともがん幹細胞マーカー陽性の細胞が確認されています。