がん幹細胞を追いかけて①
依然として未解明な部分も
現在、がん幹細胞仮説を前提として様々な研究が進められています。しかし実は、先にお示しした白血病や脳腫瘍など一部のがんを除いて、がん幹細胞仮説は依然として「仮説」の域を出ていない部分も多いのです。なぜハッキリと証明できないのでしょうか。
一つの問題は、がん幹細胞マーカー陰性の細胞を培養していくうちに、陽性の細胞が出現してきた、という報告が少なからずあることです。
単純に考えれば、非がん幹細胞からがん幹細胞が生まれた、いわば「先祖返り」したように見えます。働き蜂から女王蜂が産まれるという、想定外の現象です。通常、完全に分化した細胞が、自然に幹細胞へと先祖返りすることはありません。iPS細胞が画期的なのは、分化した細胞を僅かな遺伝子操作で幹細胞へと戻したからです。
手法の限界
もし先祖返りしているなら、仮説は見直しが必要です。ただし、「先祖返りしている」と断言することもできません。
現在の研究手法では、「がん幹細胞であるかどうか」は、「がん幹細胞マーカー陽性かどうか」と実質的に同義です。しかし、がん幹細胞マーカーの検査には限界があります。
例えば、あるがん細胞集団の中でマーカー発現に差が見られるとしても、どこまでを「陰性」とし、どこからを「陽性」と判断するのか。あるいは陽性の中でも、特にマーカー発現が高いものを「がん幹細胞のグループ」と考えるのか。そのあたりは各研究者に委ねられています。実際、陽性率はがん種や患者のサンプルによっても異なるのです。また、どのがん幹細胞マーが本当にベストなのかも、議論が分かれています。
大きい未知の領域
馬島研究員は、「がん幹細胞という言葉がやや一人歩きしている感もあります」と話します。
「確かに白血病や脳腫瘍、乳がん、大腸がんなどでは、いわゆる『がん幹細胞』の存在がある程度示されてきています。しかし、例えば悪性黒色腫(メラノーマ)では、4個に1個のメラノーマ細胞にがんを作り出す性質が見られることもあります。この場合、集団の一部にがん幹細胞があるというより、『全体的に均等にがんとしての能力の強い細胞集団』と考えたほうがよさそうです。そうしたがんもあるのだと思います」
そこで、幹細胞性は明確でないものの腫瘍形成能が高い場合、「研究によってはがん幹細胞とまで言い切らず、腫瘍始原細胞(tumor initiating cell)と呼んでいることも多いのです」
最初にがん幹細胞の定義を示しましたが、実は「がん幹細胞とは何者か」という概念そのものも、一義的には言えなくなってきているというわけです。がんの種類によって個別に分けて考えるべきなのかもしれません。
今の段階で分かっているのは、「薬で叩いても生き残るくらい非常に強い性質を持ち、がんの発生・増殖に関わっている細胞」が存在する、ということ。ただし、がんの不均一性を念頭に置いて研究を進め、そうした細胞を封じることができれば、がん治療は大きく飛躍するはずなのです。
今後、がん幹細胞に関する最新の知見をシリーズでお伝えしていきます。