心の病 がんばらないでください
そもそも「こころ」とは。
心とは何か、これは難しい質問です。おそらく、詩人・金子みすずが「見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ」と表現したもののひとつではあるのでしょうが、見えないがゆえに説明しづらく、また気にもなるのです。今回はとりあえず、医学的見地から考えていってみましょう。
まず、心はどこにあるのか。結論から言えば、それは私たち人間の脳にあります。脳の働きのひとつ、と言うとより正しいでしょうか。普段、私たちが「心」とおおまかに呼んでいるものを、さらに分解していくと、意識、記憶、感情、知能、思考、認知・判断、言語、といった要素が出てきます。医学的にはこれらは皆、「精神機能」のひとつに数えられ、脳によって統括されています。通常、意識しているよりずっと多くの精神機能が同時に働き、人間は常に「精神活動」を行っています。
ということでまず、心とは、さまざまな精神機能による精神活動であるとして間違いはなさそうです。
しかしそれでも、疑問は残ります。脳はヒト以外の動物にもあって、そうした動物たちも、それなりに知能を発達させ、記憶や判断を行っているように見えます。しかし一般的には、「心」は人間特有のものという感覚があります。どうしてでしょうか?
「心」がヒトを人間にする
上の疑問を考えるために、ここで、「心が脳のどこにあるのか」を確認しておきます。図はおおまかな脳の構造ですが、注目すべきは大脳です。
大脳は大まかに、人類の進化の過程で古くから発達した大脳辺縁系と、新しく発達した大脳新皮質に分けられます。大脳辺縁系は間脳の働きと連動して、食欲や性欲などの欲求や情動を生み出しています。一方、大脳新皮質は大脳の表面近くに、他の生物では類を見ないほど大きく発達しています。この大脳新皮質こそが、〝人間らしさ〟の源なのです。
というのも、言語、認知・判断、創造・意欲、感情など、他の動物にはほとんど見られない高等な精神機能は、この大脳新皮質で営まれていることがわかっています。大脳辺縁系で生まれた欲求や情動を、大脳新皮質で、知性や理性等さまざまな精神機能を駆使してコントロールしているのです。その作業を経るからこそヒトは「社会的動物」、すなわち「にんげん」たりえます。そうして社会の中で生きていくことができるのです。
心は脳にある。脳が心を生み出している。それが医学的見解といえるでしょう。しかし、そもそも「心」は、人類が社会を形成し、社会で生きていくために発達させた特有の機能です。言ってみれば、社会が、脳に「心」を発生させたというわけです。
ですから、「心の病」についても、単に脳の機能異常というだけでなく、その多くは社会との関係を抜きには考えられません。そう念頭に置きつつ、次頁に進んでください。