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がん医療を拓く⑤ 転移を封じる

目標は5年後

 アグラスの働きを妨げる薬としては、前項で少し出てきた「抗体」が、まず考えられます。実際、マウスの体内でアグラスとCLEC-2の結合を阻害する中和抗体が作られ、マウスのがん細胞転移をほぼ完璧に抑制できています。
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「ただ、この抗体はマウスのアグラスしか認識しないため、新たにヒトのアグラスを認識するマウスの中和抗体を複数作製しました。この中和抗体は、ヒトのがん細胞転移をほぼ完全に抑制し、さらに元のヒト腫瘍を小さくする効果まで認められています。ただし、あくまでもマウスの抗体なので、そのままではヒトの体内に入れられません」
 マウスの抗体はヒトにとって明らかな異物で、ヒトの体内に入れると思いもよらない副作用を生じる可能性があるのです。
 そこで現在、藤田部長たちが試みているのが、ヒトで使える抗体への改良です。「これまでに、ヒト抗体の一部にアグラスを認識するマウス抗体を組み込んだもの(キメラ抗体と言います)の作製に複数成功しています」。
 このキメラ抗体も、マウスの体内に移植したヒトのがん細胞の転移を抑制することが可能です。藤田部長たちは、もう一歩進めてヒトの体内へ入れられるよう、マウス抗体部分を最小限に抑えたヒト化抗体の作製をめざして、研究を続けています。
「あと5年で臨床試験にこぎつけたいと考えています。現実的な話、実用化していくには、ビール工場のような大規模な製造施設が必要です。そうした視点を踏まえて民間の提携先を確定し、十分安全性を確認した上でヒトでの試験に入る考えです」

心血管疾患も防ぐ

 藤田部長たちは、こうした抗体医薬と同時に、より安価で大量生産可能な低分子化合物のアグラス阻害薬の開発も進めています。
「これまでに約4万6千種類の化合物の中から、アグラスとCLEC-2の結合を阻害する5つの化合物を選抜しました」
 現在、これらの薬剤がヒトのがん細胞の転移を抑制できるか、実験して確認を行っているところと言います。
 それにしても、なぜ低分子化合物なのでしょうか。
 藤田部長は、「近年、アグラスは、がんの転移以外にも、動脈硬化、脳梗塞、心筋梗塞等の心血管疾患を悪化させる因子として働いている場合もあることが分かってきました」と言います。
 つまり心血管疾患の薬として使える可能性があるのです。
「がんにしても心血管疾患にしても、長期の投与となれば、なおさら経済的な負担が問題になります。低価格化によって経済的にも長期的な投与が可能となれば、心血管疾患の予防薬としての可能性も拓ける。そこまで視野に入れているんです」
 世界初のがん転移阻害薬、そして幅広い疾病の予防薬が生まれる日もそう遠くないかもしれません。

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