ご縁があるかな? 先進治療
次に、このような特例がなぜあるのかを説明します。
厚生労働省のサイトには先進医療に関する説明として「国民の安全を確保し、患者負担の増大を防止するといった観点も踏まえつつ、国民の選択肢を拡げ、利便性を向上するという観点から、保険診療との併用を認める云々」と書いてあります。
しかし肝心の前提が書かれていないので、何のことだかサッパリ分からないと思います。前提とは、医療費の伸びを抑えるため、新しい医療行為に対して何でもかんでも保険適用を認めるわけにいかないという厚生労働省の立場のこと。これを踏まえたうえで改めて読んでみましょう。
まず「国民の安全性を確保」は、安全でない医療行為が行われないよう厚生労働省がチェックするということです。
「国民の選択肢を拡げ」は、保険が適用されない医療であっても受けたい患者はいるので、その道を閉ざさないということ。それによって、その中に保険適用されるべき医療があったなら、結果的に保険適用が早まるということも含まれています。
その前の「患者負担の増大を防止」は、保険適用外の治療を受けることで、本来は保険にカバーされる医療行為まで全額負担させられるのでは患者がたまらないので、そうならないよう配慮するということです。
まだ頭がスッキリしないという方のために、もう一度野球に例えます。
ある程度実力があってファンのついている選手は全員をメジャーに昇格(保険適用)させる、こういう扱いにすればファンは喜ぶでしょう。以前はそうでした。しかし球団の懐が寂しくなって、全員昇格させると給料で破産しかねなくなってきました。結果、メジャー昇格が非常に狭き門になり、ファンから不満が出ていた。こんな状況です。
ならば昇格させる前に、その選手の実力がメジャーにふさわしいのか、お客さんをたくさん呼べるのか吟味する場を設けたらいいではないか。その間の給料は球団ではなくファンが直接払う(該当分だけ自費負担)ことにしよう、というわけです。
この制度がなければ、ルーキーの実力を見たいファンは、メジャー選手の給料まで払わされます(全額自費負担)。結果としてルーキーの出る幕がありません。
もちろんマイナー選手であってもプロ(医療行為)ですから、それに相応しい実績(有効性・安全性)が必要で、ドラフト(厚生労働省の審査)を通らねばなりません。
実績を積むまでは、医療機関が「臨床研究」として費用負担するのが一般的ですが、完全自費診療として実績づくりが行われることもあります。
審査をしているのは、厚生労働省の設置している「先進医療専門家会議」という検討会です。診療各科のリーダー的医師21人で構成されており、ほぼ毎月に一度集まって、医療機関から出された申請を審査しています。
といっても、他分野の専門的なことは分からないのが普通なので、実際には申請分野ごとに1人で素案をまとめて、それを承認する形になっています。申請を受け付けてから3カ月以内に判定を下すスピード感が制度の売り物です。
検討会では、ある医療行為を先進医療として認めると同時に、その先進医療を行うことのできる医療機関の要件も示します。そのメジャー選手を呼ぶことのできる球場の条件のようなものです。多くの医療機関が手を挙げれば、それだけニーズがあることになります。
実際には、この「マイナー入り」すら狭き門になっていて、例えば4月から6月までに11件が届け出られましたが、まだ1件も認められていません。果たして「国民の選択肢」が拡がったのかは、議論のあるところでしょう。