ゲノム きほんのき 第3回
「氏より育ち」は本当です。
広がるゲノムビジネスに疑問がつきまとうのは、実は、より根本的なところにも理由があります。ゲノムですべてが決まるわけではないということです。
まず思い出していただきたいのが、前回、疾患には「単因子遺伝病」や「多因子病」と分類できるものがあったこと。これらを改めて言い換えると、単因子遺伝病というのは100%遺伝要因によって発症するもの、他方、多因子病は遺伝要因と環境要因が複雑に絡み合って発症するもの、ということができます。
遺伝要因とは、まさに遺伝子変異によるものですが、環境要因のほうはそう単純ではありません。環境という言葉を使うと大気汚染などがイメージされて、大げさだったり、限定されるように聞こえるでしょうか。しかし、普段の食生活やそこで摂取する脂肪、塩分、カロリー、食品添加物もそうですし、睡眠や運動も含まれます。そしてもちろん、感染症の原因となる細菌やウイルスも環境要因の一種です。
そして、多因子病というのは、がんや糖尿病、動脈硬化、高血圧症、アルツハイマー型認知症など、いわゆる〝ありふれた〟病気でしたよね。つまり、病気のほとんどは、この多因子病ということができ、おかれた環境にも大いに左右されている、というわけです。ただし、遺伝要因と環境要因の割合はもちろん、病気や個人によって違ってきます。
以上をまとめると、下の図のような感じになります。
寿命もゲノム次第?
そして同じことが、実は病気だけでなく、体格や体質、性格といったものについても言えるのです。つまりいずれも遺伝要因と環境要因、必ず両方の産物ということです。
例えば寿命もそのひとつ。ビジネスとして確立するまでには至っていませんが、近年、ヒトの老化や長寿に関係する遺伝子の発見が相次いでいます。例えば一般に「長寿遺伝子」と呼ばれるものがゲノム中に数十個はあるようです。エネルギー代謝の調節と密接に関連したタンパク質の合成を司どる遺伝子で、それらが働いているかどうかで寿命が数年違ってくるといわれます。
また、染色体のDNAの複製や修復に関わるタンパク質をつくる遺伝子に変異があるせいで、異常に老化が早く進行してしまう病気(早老症)も知られています。
ただし早老症などの例外的な病気をのぞけば、寿命に関する遺伝的な要素は25パーセント程度と考えられているのです。あとは生活習慣や食事などを含めた広い意味での後天的な環境が影響しています。
このように、ゲノムや遺伝子が決定づけている事柄というのは、おそらく皆さんが想像しているよりずっと限られている、ということです。
そう考えるとやはり、ゲノム情報のみに基づく能力診断等のビジネスは、科学的な裏づけに乏しいと言わざるをえません。たとえ利用するとしても、結果はあくまで参考程度、と考えておいたほうがよさそうです。
ヒトをヒトたらしめるもの ヒトのゲノムは塩基数にして約30億個あります。チンパンジーの塩基配列との違いはわずか2%以下。この事実をどう捉えるべきでしょうか? これはつまり、両者の違いは塩基配列だけで決まっているわけではない、ということです。もっと詳しく言えば、細胞一つひとつの形状と役割、ひいては生物としての形状や性質は、ゲノム中の遺伝子領域の配置と、そのスイッチの入り方(タイミングや長さ)で違ってくるということです。 そしてそれに大きな影響を与えるのが、外からの刺激です。どのような刺激を受けるかで、遺伝子スイッチのオン・オフが変わります。つまりは、その人がどこへ行き、何を見聞きし、関わりあうかで、遺伝子の働き方が決まるのです。 ですからゲノムがヒトを支配しているのでなく、あくまでヒトがゲノムを支配しているんですね。生き方次第で未来は変わるのです。