がんの分子標的④ がんの外にあるもの
VEGFは受容体も標的に
次に実用化に近づいている血管新生阻害剤は、VEGFそのものでなくその受容体(VEGFR-2)の働きを妨げる薬、一般名ラムシルマブです。
今年に入ってから複数の第Ⅲ相臨床試験(多くの患者を対象に、実際の診療に近い形で安全性と効果を確認する試験)で有効性が確認されています。標準治療で効果の出せない進行胃がんでも、進行を遅らせ、生存期間を延長しました。出血や血栓の増加、胃や腸に穴があく、といった血管新生阻害剤に時折見られる副作用も確認されなかったとのこと。
ラムシルマブが標的とするVEGFR-2は、血管内皮細胞の表面にある血管新生のスイッチで、がん細胞から放出されたVEGFが結合するとオンに入ります。ラムシルマブはこのスイッチに蓋をして、血管内皮細胞の内部でのシグナル伝達を妨げ、血管新生を減退させます。
アバスチンやアフリバセプトと違って、単剤でも有効です。「多くのがんでラムシルマブは臨床試験が行われ今後の推移が期待されています」と篠崎医師は言います。胃がんだけでなく乳がん、肺がん、大腸がん、肝がんなどで大規模試験が行われています。
ちなみに、VEGF受容体に取り付いてシグナル伝達を妨げる薬としては他にも、ネクサバール(一般名ソラフェニブ)とスニチニブという低分子化合物があります。両者とも、元々がん細胞に作用してがん増殖を妨げる薬で、血管新生阻害作用も期待されています。一般に低分子化合物は、抗体医薬と違って標的の幅が広く、がんと間質の両方への効果を期待するものもあります。
次の標的探し難航
VEGFあるいはその受容体以外に、微小環境中の標的分子はないのでしょうか。
線維芽細胞増殖因子(FGF)は、VEGFとはまた別の血管新生因子として見つかったものです。しかし、「胃がんを対象とした数種類のFGF阻害剤が開発されていましたが、どれも臨床試験での有用性が示されていません」と篠崎医師。
この他にも基礎研究レベルでは様々な発見が報告されていますが、実用化という観点から見ると、残念ながら数年で薬が出てきそうなものはありません。
妊娠中毒症とVEGF血管新生は元々身体に備わった正常な仕組みで、特に胎盤形成などに不可欠です。興味深いことに、いわゆる妊娠中毒症(妊娠高血圧症候群)として知られる高血圧、タンパク尿、浮腫などの症状は、VEGF阻害剤に特徴的な副作用でもあります。このため、妊娠中毒症は、VEGFが不足して起きるのでないかと見られています。