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がん医療を拓く⑱ 遺伝子変異なくても 慢性炎症が招くがん

110-2-1.jpg長く、がんは遺伝子変異によって起きると考えられてきました。しかし近年、特徴的な変異がなくても発生するタイプのがんもあることが分かってきました。その原因となるのが「エピゲノム」の異常で、その異常は慢性炎症によって起きやすくなります。

110-2.4.jpg 聞き慣れない言葉が出てきたかと思います。「エピゲノム」を簡単に説明すると、ある細胞で、どの遺伝子を使って、どの遺伝子を使わないかの目印です(図)。一度付いた目印は、自然には一生外れません。

 目印が一生外れないために、特定の種類の細胞からは同じ種類の細胞が生まれることになります。ある日突然、皮膚の細胞から内臓の細胞が生まれたら大変ですよね。ヒトをはじめとする多細胞生物では、エピゲノムによる遺伝子発現の制御は、必須の仕組みなのです。

 ただし、変な目印が付いてしまうと、遺伝子変異が起きたのと同じことになります。例えば「がん抑制遺伝子」に発現させないという目印が取り付けば、がん抑制遺伝子に変異が起きたのと同じことです。そのような異常が重なれば、最終的に発がんに至ります。

 このタイプのがんの代表例が、ピロリ菌感染の慢性炎症後に起きる胃がんで、その他、ウイルス性肝炎に続く肝がんや、潰瘍性大腸炎からの大腸がん、HPV感染後の子宮頸がんも、同類と考えられています。
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エピゲノム
体のあらゆる細胞は、どれも同じ全遺伝情報(ゲノム)1セットを持っている。しかし、体の部位によって細胞の形も役割も大きく異なる。それは、細胞ごとに発現する遺伝子が異なるからで、発現させるかどうか細胞の種類ごとに遺伝子に異なる目印が付いている。この目印の集まりを、ゲノムと対比させて「エピゲノム」と呼ぶ。

頻度が高い

 「遺伝子変異が滅多に起きないのに対して、エピゲノム異常は何割もの細胞に同じ異常があるという、とても高い頻度で発生します」と話すのは、国立がん研究センター研究所エピゲノム解析分野の牛島俊和分野長。エピゲノムの中でもDNAに付いて発現させない目印になる「DNAメチル化」の異常について研究を進めています。

 このタイプのがんの厄介な点は、たとえ腫瘍を切除したとしても、がんになりやすい状態の細胞が他にも大量に存在するため、容易に多発することです。牛島分野長らが内視鏡切除した胃がん約800症例を3年間追跡したところ、DNAメチル化のレベルが高い人は、低い人に比べ2.3倍も再発しやすかったのです。この「再発」には、元の腫瘍由来でないものも含まれると考えられます。
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メカニズムは未解明

 異常なDNAメチル化はどうして起きるのでしょう。牛島分野長らは、慢性炎症との関係を明らかにしてきました。

 牛島分野長らは、ピロリ菌に感染した人の胃では、感染していない人に比べてDNAメチル化異常がより多く誘発、蓄積されていることを確認。動物実験から、ピロリ菌に感染していても薬で炎症を抑えた場合には、DNAメチル化異常が大幅に抑制されることも分かりました。DNAメチル化異常の誘発には、ピロリ菌に感染するだけでなく、それを原因とする慢性炎症が重要だということです。

 ただしまだ、慢性炎症がどのようにDNAメチル化異常を誘導するのかは、分かっていません。マクロファージなどの免疫細胞が活性化して分泌されるサイトカイン(情報伝達物質)によって、エピゲノムの制御機構が攪乱されるのではという仮説が有力です。

 「例えばピロリ菌による胃炎と違って、深酒でヒドい胃炎ができてもDNAメチル化異常は起きません。誘導メカニズムを解明できれば、良い炎症と悪い炎症が見分けられ、治療の必要な炎症かどうかを見極められます」

小児がんにも多い  小児がんにも、エピゲノム異常によるものが多くあります。そもそもエピゲノムは、胎児期から乳幼児期までは、環境や栄養などの影響を受けて劇的に変化します。その過程で、間違った目印が遺伝子に取り付いてしまった結果、がんになると考えられます。代表的な小児固形がんの神経芽細胞腫では、予後の善し悪しとDNAメチル化の度合いが相関することも分かっています。
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