「加工肉で発がん」WHO発表の意味
大西睦子 おおにし・むつこ●医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて基礎研究に従事。
10月にWHO傘下のがん専門組織である国際がん研究機関(IARC)が「加工肉や赤身肉が、がんの原因となる」と発表したことは、世界中で大きなニュースになりましたね。
フランス・リヨンに世界10カ国から22人の科学者が集まり、約800の研究論文から、赤身肉や加工肉の発がん性を総合的に評価したところ、加工肉は「グループ1(発がん性がある)」と判定されたというものです。同じグループ1にはタバコやアルコール、紫外線、アスベストなどが分類されています。また、赤身肉は「グループ2A(恐らく発がん性がある)」と判定されました。
加工肉、赤身肉と言われてもピンと来ないと思います。
まず、加工されていない(ミンチや冷凍は加工と見なしません)哺乳類、主に牛、豚、羊、馬、ヤギの筋肉のことを、赤身肉と呼びます。
それらの肉を、塩せき(※)、発酵、燻製などの加工によって、風味を高めたり保存性を上げたりした肉が加工肉です。例えば、ハム、ソーセージ、ベーコン、コーンビーフ、缶詰肉、肉ベースのソースです。
※抗菌効果を得る他、保水性や結着性、風味、見栄えなどを改善するため、塩漬けして発色剤を添加する工程。発色剤を使わずに作ったハムやウインナーは「無塩せき」と表示される。
グループの意味
さて、IARCは加工肉をタバコと同じ「グループ1」に分類しましたが、加工肉に発がん性のあることは科学的に確実というだけのことで、タバコと同程度のリスクがあることは意味しません。
リスクの程度としては、毎日50gの加工肉を食べると、大腸がんのリスクが18%増すという結論でした。50gは厚切りベーコン約2枚、大きなホットドッグなら1本です。
「世界の疾病による負担プロジェクト」の最新の報告では、加工肉を多く摂取する食生活が要因のがん死亡者が全世界で年間3万4千人いると言います。一方でタバコによるがんのために死亡する人は全世界で年間約150万人、アルコールは40万人、大気汚染は47万人です。つまり、加工肉の摂取によるがんのリスクは、タバコに比べるとかなり低いのです。
発がん性の原因
加工肉や赤身肉に発がん性がある詳しいメカニズムは未解明ですが、可能性はいくつか示唆されています。
例えば、多くの加工肉は、微生物の繁殖を抑えるため亜硝酸塩を保存剤として添加しています。この亜硝酸塩は、IARCの分類でグループ2Aです。そして、調理などで高熱を加えると発がん性物質として知られるニトロソアミンなどN―ニトロソ化合物になります。調理段階でニトロソアミンが形成されなくても、胃の中で胃酸が亜硝酸塩をニトロソアミンに変えることが分かっており、マウスなどの動物実験の結果、ニトロソアミンは大腸がんを起こすことが示されています。
また、肉を高温で焼くと、ヘテロサイクリックアミンと多環芳香族炭化水素(PAH)と呼ばれる物質が形成されます。ヘテロサイクリックアミンやPAHは、突然変異誘発性、つまりDNAの変化をひき起こして、がんのリスクを増加させる物質です。
では、私たちは肉を食べない方がよいのでしょうか?
実は今回のような報告は、IARCが初めてではありません。米国がん研究協会と世界がん研究基金も既に同様の見解を示しており、赤身肉は週500g未満、加工肉の摂取は少なくするよう推奨しています。つまり絶対に食べてはいけないという話ではないのです。特に赤身肉は、質の良いタンパク質、ビタミンB群、鉄および亜鉛などの重要な微量栄養素が含まれています。つまり、節度を守って食べれば、バランスの良い健康的な食事の一部になります。
ただ多くの専門家は、赤身肉や加工肉は控えめにして、野菜や果物、全粒穀物、魚介類、豆類やナッツを摂取するよう推奨しています。この機会に食生活を見直してみましょう。