睡眠のリテラシー78
高橋正也 独立行政法人労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所 産業疫学研究グループ部長
よく眠ると、心が穏やかになります。これは睡眠による特典の一つです。家庭や職場では、ときに難しい状況が生じます。それに上手に対処するには、知識や経験と併せて、安定した心(冷静な頭)が必要です。
徹夜をしたら翌日は頭も体もどうしようもなくなります。では、徹夜ではないにしても、睡眠が少し減ると頭の冷静さはどのようになるでしょうか。
米国の研究者はサマータイムの春の切替に注目して、この問題に取り組みました。欧米では昼間の明るい時間を長く使うためにサマータイムという制度でもって、その国や地域の時計を変更します(第17回参照)。ちなみに、米国では3月の第2日曜日の午前2時に時計の針を1時間進めて午前3時にします。この春の切替に伴って睡眠は40分ほど短くなることが別な調査から分かっています。そうなると、切替直後の月曜日は睡眠が少し削られた状態で過すようになります。
クールな頭は誰にとっても必要ですが、争われている事実をしっかり把握し、公正な裁判を取り仕切る裁判官にとっては最も大事なことと言えるでしょう。米国の研究では司法当局から公表されているデータ(1992年から2003年分)を用いて、春の切替直後の月曜日に開かれた裁判での判決を分析しました。
その結果、春の切替直後の月曜日はその前後の週の月曜日と比べて、言い渡される懲役刑の期間は約5%長いことが分かりました。判決の重さは様々な要因が関わりますので、被告人の年齢、性別、人種、過去の犯罪歴、犯した罪の重大さなども考慮に入れて調べてみましたが、結果は同じでした。
睡眠の短縮に伴う長い懲役刑判決という結果はたまたま得られたかもしれません。そこで、いくつかの確認作業を行いました。例えば、春の切替直後の月曜日とその週の平日との間で比べると、月曜日の判決は火、水、木曜日より長い懲役刑でした。その一方、金曜日の判決は月曜日とほぼ同じでした。この理由について、研究者は木曜日までに溜まった短時間睡眠の影響が現れたせいではないかと考えています。
もう一つの確認として、秋に時計の針を戻した(1時間遅らせた)直後の月曜日とその前後の週の月曜日とを比べました。興味深いことに、両者の間で刑の長さに差はありませんでした。
今回取り上げた研究は米国の例ですし、我が国を含め他の国でも当てはまるとは限りません。何より裁判官の実際の睡眠を測っていなので、サマータイムの春の切替直後は「恐らく睡眠が短くなっているであろう」という仮定に基づいています。
「罪を憎んで人を憎まず」とはよく言ったものです。誰だって怒ることはあります。ただ、必要以上に怒ったせいで、相手との間に大きな溝が生じたことはないでしょうか。自分の睡眠に小さな不足がないか、できるなら、怒る前にチェックしたいものです。