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養老孟司×中川恵一の現代ニッポン人論

養老 解剖をやっていてしみじみ思うのは、人間の体は、全体がぼろぼろになっていくのがいいんです。車だって、ガタガタになっているのに立派で強力なエンジンをつけたら全部分解しちゃうでしょう。

中川 がん治療もそうなんです。ぼろぼろになりつつある体なんだけれども、がんについては「取りたい、なくしたい」というアンバランスな部分があって。

養老 それは、いまの人の潔癖性と結びついているんですよね。

中川 ええ、そう思います。

養老 "正しくありたい"っていう気持ちは人間には必ずあるんですけど、正義っていうことを振りかざすと、必ずまずいことが起こってくる。悪に対する潔癖性がアメリカにはありますけど、あれが極めて迷惑でしょう。それと同じで、がん細胞があったらとにかく気に食わない。

中川 医者にいくら「放射線治療いいですよ、もっとやりましょう」と言っても全然変わりません。本当に変わりません。

養老 おっしゃる通りで(笑)。

中川 緩和医療もそうです。患者さんが痛くてつらそうだからモルヒネを飲んでもらいましょうと言っても、俺はいやだ、あんたが説得しろ、と言われてしまう。でも、モルヒネで痛みをとると、長生きできるのですけどね。実際には、患者さんは、モルヒネを飲むと寿命が縮むといやがります。ですから、患者さん側がやっぱり変わっていかないと。

養老 僕も全くそう思います。世の中の人の考えを変えなきゃ、学問は変わらない。

中川 潔癖で、体になんの問題も作りたくないという気持ちはわかるんですが、そうやって治療法を間違って選んだり、結局は不幸になるんですよね。でも、それを我々が説得しても、その人は無意識にその生き方を選んでしまっているわけで。集団的無意識というか、ムードっていうものを変えていくために、「人間は必ず死ぬんだ」ということをわかってもらうにはどうしたらいいんでしょうか。

養老 実は僕、それで人体の展示をやったんです。僕が「日本人って捨てたもんじゃないな」っていつも思うのは、ああいう展示をやると、世界に類を見ないほど人が入って、しかも黙って見ているんです。あれを外国でやると、コントラバーシャル(物議を醸すもの)だって言いますよね。でも、日本だとあまりそうはならない。

中川 死体に、個性や本人性を見ないということでしょうか。

養老 日本人が自然に親しむというのは、まさにそういうことだと僕は思っています。これだけ文明化しても、土に還るとか、自分が自然の一部であるということを、暗黙のうちに引きずってきた人たちじゃないかという気がする。つまり、あるところまでは田舎者だった。ところが、今は危ないなと思っています。それこそ、もっと白黒はっきりさせる、潔癖性を出す、と考える人が必ず出て来るなと思っておりますから。

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