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がん④ 栄養なぜ大事なのか


食べても痩せる。それが悪液質

 栄養状態がケガや病気と闘うのに非常に大切であることはお分かりいただけたと思います。
 要するにきちんと食事すればいいんだよね、と思ったかもしれませんが、がんに限っては、もう少し厄介です。健康な時と同じような食事をしていると、栄養不良になってしまうのです。
 昔からがん患者は食事をきちんと取っているのに、どんどん体重が減少することが知られています。がんの診断時で既に約半数、最終的には8割以上の患者に体重減少が見られます。
 もちろん、がんの進行や治療から消化管が狭くなったり、抗がん剤治療などによる食欲不振、告知による精神ストレスなどで、「食べられない」から痩せるというのもあります。
 しかし普通に食べていても、痩せて元気がなくなってくるということがあるのです。これは「がん悪液質」に向かっている人の特徴です。
 「悪液質」とは、がん細胞の刺激で過剰に分泌される炎症性サイトカイン(免疫細胞間の情報伝達を担う物質のうち、炎症反応を誘発するもの)やホルモンによって、代謝異常、慢性炎症、免疫異常、内分泌異常、脳神経異常などが次々と起きている状態を指します。
 風邪のような軽い病気でも、喉や鼻の炎症、発熱が続けば体力が消耗しますよね。この炎症がずっと続くのが慢性炎症です。残念ながら画像診断等では分かりませんが、自覚症状もないがんの初期から、体中でボヤ程度の火事のように起きています。そのままにしておくと、内蔵や筋肉の細胞が通常以上にエネルギーやたんぱく質を消費しはじめます。それだけでなく、炎症性サイトカインは、摂取した栄養素の消化吸収にも障害を引き起こす(詳しくは次頁)ため、体は不足したエネルギーや栄養を補うために体脂肪や筋肉を分解して利用するようになるのです。
 また、食欲がなくなる、味やにおいがおかしい、食べものがしみる、吐き気といった症状をもたらして、箸を遠のかせます。こうしてますます体重を減少させるというわけです。

負の加速循環

 悪液質の影響は体重減少にとどまりません。倦怠感や疲れやすいなどといった症状が現れ、治癒力や免疫力も低下します。合併症のリスクが高くなる他、がん細胞の転移や成長を促進したり、抗がん剤への反応を悪くするなど、がん細胞自体の悪性化にも関与しています。最終的に体はやせ衰え、精神も消耗した厳しい状態になっていきます。こうして患者さんのQOLが低下し、生存期間が短くなることが明らかとなっているのです。実際、悪液質が見られる非小細胞肺がん患者では、体重減少度に比例して、生存期間が短くなることも報告されています。
 抗がん剤に対する反応が悪いのは、炎症性サイトカインが抗がん剤を分解・解毒する酵素の働きを弱め、薬物代謝を下げるためです。効かないばかりか、薬剤が体内に長期間とどまることにもなり、抗がん剤の副作用ひどくなることも。本当に勘弁してほしいものです。
 免疫力の低下による落とし穴もあります。日和見感染症です。日和見感染とは、疾患や加齢などによって免疫力が低下していると、普通なら感染しないような弱毒菌によっても病気が発症してしまうことを言います。実は、がんが進行してくると、こうした日和見感染も馬鹿にできません。体力がますます奪われ、間接的あるいは直接的に、"人生の仕上げの時期〟が早められてしまうのです。
 がんは、肺や肝臓などががんで占拠されて臓器不全を起こすことでも命を奪われる病気ですが、実は、がんの真の怖さは、体の中で密かに進行して心身の本質的な衰弱・消耗を起こす「がん悪液質」にあるというわけです。逆に悪液質を改善できれば、QOLや免疫力が向上し、より未来への希望が持てるようになります。

今も昔も最重要課題。 「医師の父」と呼ばれている古代ギリシャの医師、ヒポクラテスは、「がんが出す毒素により血液が濁り、全身機能が低下して患者は衰弱し、肺炎などを併発して亡くなっていく」と、がんの病態について予言していました。その後、がん医療における最重要課題の一つとして世界中の医師や科学者が研究を行った結果、まさにヒポクラテスの予言通り、がん細胞・組織・生体が複数の物質を分泌して「がん悪液質」を惹起していることが分かってきました。▽現在もまだ「がん悪液質」の全貌は解明されていませんし、基礎実験でいくつか治療薬の候補が出てきたものの、世界中で確立された治療法はありません。それでも今、日本でも「がん悪液質」治療薬の治験が計画されています。

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