がん⑤ 抗がん剤なぜ効くのか1
がん特集、今回からいよいよ積極治療の内容に入ります。まずは抗がん剤。なかでも「細胞毒」と呼ばれる主流タイプのものについて見ていきます。何がどう「毒」なのか――がんを封じ込める戦略にも色々あるんです。
監修/畠清彦 がん研究会有明病院化学療法科部長
がんといえば手術、そんなイメージを抱いている人も多いはずです。
しかし5月号でも申し上げたとおり、手術でエイヤっと丸ごと切り取ってしまえるのは、根治が望めるような、早期かつ原発部位に留まっている固形がんの場合のみです。
白血病など全身性のがんや、固形がんでも血管やリンパ管を通じてがん細胞が全身へ回ってしまっている遠隔転移の場合、再発などの場合には、全身治療の抗がん剤投与で敵の細胞を減らす戦術を取ります。手術を選択できた場合でも、術前にがんを小さくすることを目的に抗がん剤を使用したり、術後の病理結果によっては再発防止のために化学療法を行うことも多いのです。放射線治療の効果を高めるために抗がん剤を併用することも珍しくありません。
ですから、抗がん剤とその治療については、がんと診断された人なら誰しも知っておいた方がよさそうだというわけです。
細胞毒 何をどうする?
現在のところ世に出ている抗がん剤のほとんどは、いわゆる「細胞毒」といわれるものです。
細胞が分裂する全過程あるいは特定の時期に投入され、細胞内の遺伝子に作用します。というのも、がん細胞は正常細胞よりはるかに急速に増殖・分裂するのが一般的で、分裂中の細胞では遺伝子のDNAがほどけてむき出しになっているため、不安定で外からの影響を受けやすい状態にあるからです。早い話、細胞分裂中の細胞は通常時より死にやすいのです。
いきなり細胞分裂の話になってしまいましたが、細胞が分裂・増殖を繰り返していることは、皆さん学生時代に習ったかと思います。少々おさらいにお付き合いください。
細胞分裂は大きく二つの段階に分けられます。前半は、染色体の複製です。染色体が担っている遺伝情報をそっくりそのまま、分裂してできる娘細胞に伝えるためです。染色体の実体はDNAという物質で(詳しくは2011年1月号「ゲノムきほんのき1」参照)、この時、DNAの量も染色体の数も倍になっています。そして後半では、倍になった染色体が「紡錘体」と呼ばれる細胞器官の働きによって正確に半分ずつ、細胞の両端に分けられます。そういえば教科書にそんな図が出ていましたよね。続いて細胞そのものが二つに分かれ、親細胞と全く同じDNAを持った娘細胞が二つ生まれるのです。
次項から、抗がん剤が、この細胞分裂にどのように働きかけるのか見ていきます。