がん⑪ 代替療法の正しい使い方
漢方医学で身体の様々な機能異常に対応。
手術、抗がん剤、放射線などによるがん治療の副作用や後遺症に苦しむ患者さんが、「証」に合った漢方薬を飲むことで副作用が軽減し、後遺症が緩和されるケースも明らかになってきました。
西洋医学では、病名や症状に基づいて治療薬を決定します。しかし、病名が同じでも本来一人ひとり病態は異なりますし、同じ人でも体の状態は常に変化しています。そのため漢方医学では病名だけでなく、患者さんの体のバランスの崩れを総合的に評価して、タイプ分けして類型分類します。それが「証」です。
医師は患者さんを体の外から五感で診察し、投与した漢方薬に対する患者さんの反応に基づいて逐次修正を繰り返し、最適な治療薬を決定していきます。こうして証を決定する作業こそが漢方的診断なのです。そしてまた、証は投与すべき漢方薬の名前でもあります。
ただ、誤解されやすいのですが、漢方医学は本来、「オーダーメイド」医療ではありません。患者さんごとに生薬を組み合わせて一から新しい漢方薬を作るわけではないからです。言うなれば、「セミレディメイド」医療でしょうか。例えば紳士服量販店では、上着もスラックスもあらかじめ様々なサイズと素材のものが用意されています。非常に多くの組み合わせが可能で、結果として体にピッタリあった服を選択することができます。漢方医学も、すでに生薬の組み合わせが厳格に規定された様々な漢方薬の中から、患者ごとにぴったりあったものを選択するのです。
ちなみに、最先端の西洋医学ではゲノム解析による「オーダーメイド」医療をめざしています。最近決定された人間の全遺伝子(ゲノム)配列の情報をもとに、患者さん毎にゲノム解析を行って、将来どんな病気にかかりやすいか、どんな薬が有効か、どんな薬が副作用を起こすか、などが予測できると期待されています。
しかし、たとえ遺伝子配列が同じであっても、生活環境が違えば、人間の実際の状態(表現型と言います)を規定するタンパク質の現れ方は異なります。また逆に、遺伝子配列が異なっていても、表現型が同じ場合もあります。つまり、遺伝子ですべてが決まるわけではないのです。
そこに強みを持っているのが漢方医学とその治療方法というわけです。漢方は遺伝情報だけでは規定されない、身体のさまざまな機能異常に対応できるのです。
保険適用の漢方薬でがん治療をサポート
現在わが国では、漢方薬の多くは健康保険でカバーされ、保険診療の中で広く利用されています。医師に漢方薬を処方してもらえば、高価なサプリメントや健康食品を使わなくても、体力を維持し、免疫力を高めて、治療の効果を増強することができます。
例えば、大建中湯は、大腸の動きを促進し、大腸がんの手術後の腸閉塞を予防する効果が知られています。実際、大腸がんの手術を受けた患者さんを、大建中湯を使用した群と使用しなかった群に分けて比較すると、開腹手術後と腹腔鏡手術後のいずれでも、大建中湯投与群では入院期間が短くなりました。
しかし胃がん手術後の患者さんの場合は、大建中湯を服用すると吐き気が起きて食欲が低下し、ひどくやせてしまうことがあります。
抗がん剤治療を受けている患者さんが漢方薬を服用すると、食欲低下、全身倦怠感、体力低下などの症状が改善することもよくあります。
また、免疫力を高めるとされる「補剤」と呼ばれる漢方薬の投与により、がんの進行が緩やかになり、がんと共存する患者さんも多いのです。
がん治療に漢方が有用であることは、近年の学会や論文でたびたび発表され、漢方は西洋医学の中で、少しずつ認知されるようになりました。
ただ、漢方の併用を好まない医師もいますから、まず担当医と十分話し合う必要があります。2001年から医学部教育の指針であるコアカリキュラムの中に「和漢薬を概説できること」という項目が盛り込まれ、現在ではほとんどの医科大学で漢方について教育されるようになりました。将来は漢方にアレルギーを持つ医師は少なくなることでしょう。
なお、漢方薬でがんが治ることもないわけではありませんが、かなりまれな出来事です。一般的にはまず西洋医学的な治療が基本となります。そこに漢方をうまく組み合わせると、治療効果が高まり治ることもあると考えて下さい。
いずれにしても漢方薬の効果は、医師の診断能力、患者の個人差、がんの悪性度など、様々な条件に左右されるため、一定ではありません。漢方薬に有効性を発揮させるためには、飲食物に注意し、生活習慣を改善、またストレスを回避し、神仏や先祖に感謝して信仰心を持つなど、多くの努力が必要となります。