【九州版】九州にある最先端治療 九州大学先端医療イノベーションセンター①
体への負担少ない手術 ロボットを開発し実現
(この記事は、九州メディカル創刊号に掲載されたものです) 皆さんがお住まいの九州には、日本の最先端、世界の最先端を行く医療施設がゴロゴロあります。ご存じだったでしょうか? まずは昨年7月に開所したばかりの九州大学先端医療イノベーションセンターをご紹介しましょう。
いきなりですが質問です。日本の医療に使われる機器や薬のうち、輸入品の占める割合をご存じですか?
実は、金額ベースで約7割。毎年1兆円以上の医療費が海外に流出しています。
もちろん、生命の問題ですから、良いものがあったら輸入してでも使うのは当然です。ただ、日本には素晴らしい医学的基盤や科学技術基盤があるのに、医薬品や医療機器を産み出すことで世界に後れをとっていることは、知っておいていただきたいのです。そして、少子高齢化が進んで国家財政も傾いてきているため、最先端はおろか、世界の標準的な医療すら受けられない事態も既に起きています。国内からも新たな医薬品や医療機器を産み出して輸出しないと、そのうち本当に買えなくなります。
最先端を早く患者へ
海外に後れをとる理由の一つが、基礎的な研究と実用化の間に担い手の断絶があり、特に新しい医療行為の安全性や有効性を実際の患者さんで調べる試験(臨床試験と言います)の部分が弱いことから、臨床試験に大変時間のかかることです。
あれ、日本の医療機関ってレベルが高いんじゃないの? こう思いましたね。その通りです。でも、ご存じのように、そういう所は混んでいるんです。ベッド待ちの患者さんがいる時に、「試験をするから」と20個も30個もベッドを空けるなんて人道的にできませんよね。
諸外国では、臨床試験専門の施設を作って一気に試験を進めています。だったら日本でも同じようなことをしたらどうでしょう。
そうです。今回ご紹介する『九州大学先端医療イノベーションセンター』は臨床試験専門施設という顔を持ち、九州大学が持っている知財を企業と一緒になって実用化すべく、これまで企業と大学、病院でバラバラに実施されていた医療技術開発を、すべて担う施設なのです。基礎的な研究開発から臨床試験まで全部同じ施設で行えるのは日本初です。各企業の開発チームが常駐して、4月から5つのプロジェクトが同時並行で進むことになっています。
橋爪誠センター長は、「最先端の医療が速やかに受けられる仕組みを作り上げ、健康寿命の延長に貢献したいと思っています」と語ります。
センターでは、臨床試験に携わる人材の養成も行っていきます。
臨床試験を担当すると当該品に関する全情報の開示を受けることになるので、実際に回り出してからは知財や経験豊かな人材がセンターに自然と蓄積されるようになり、それがまた新たな開発につながるはずと言います。
さらにそういった最先端の医療を、希望する患者さんに提供できるのも大きな特徴です。受ける患者さんのデータは、あらかじめ定められた臨床試験の手順に沿って蓄積され、開発にフィードバックされます。既に、がんの免疫細胞治療の提供が始まっており、今後も少しずつメニューを広げて行く予定。将来的には、海外からも最先端治療を受けにくる施設となるイメージです。
ダビンチを超える
ここからは、センターが開発に取り組んでいるプロジェクトを具体的にご紹介していきます。初回は、橋爪センター長自身が取り組む低侵襲ロボット部門です。低侵襲とは、従来の方法より患者さんの体への負担が少ないことを示す医療用語です。
橋爪氏は、元々は消化器外科医。02年に先端医療の研究開発・臨床試験・臨床応用を行う診療部として日本で初めて設置された九州大学病院『先端医工学診療部』(CAMIT)の部長でもあります。同部は、06年文部科学大臣表彰科学技術賞、07年「今年のロボット」大賞優秀賞・審査委員特別賞、07年度グッドデザイン賞などを受賞しています。
現在、橋爪氏のチームが開発を急いでいるのは手術ロボットです。
と言っても、鉄腕アトムが開腹手術しているような図を思い描いたとしたら、それは違います。人間の医師が行う内視鏡手術を、より精確で安全なものにするため、「人間を超える眼や手」でサポートするものです。
開腹手術に比べて傷が小さく低侵襲とされる内視鏡手術ですが、傷口が小さい分だけ視界は悪いとか、術者の手の動きと体の中の器具の動きが逆向きになるといった欠点もあり、精確・安全に行うには熟練を要します。これを、まるで開腹して行っているような視界にして、術者の手の動きを細かく補正してくれるのが、手術ロボットというわけです。
代表例が、4月から前立腺がんの手術で保険適用が認められることになった米国製の『ダビンチ』。体に開けた複数の小さな穴からアームを指し込んで手術します。橋爪氏もダビンチの治験を担当し、その質の高さは実感していると言います。ただし1台3億円、年間維持費が2500万円、1回の手術の消耗品代が50万円以上と大変な金食い虫で、費用対効果を充分に考えて使う必要があります。
これに対して、センターで開発を進めているロボットは、体に開ける穴が一つで済む単孔式内視鏡手術を支援するものです。患者さんの負担はその分、軽くなります。前立腺の他、腎臓や肝臓の手術に使えると見込まれています。既にダビンチのメーカーである米インテュイティブをはじめとする海外勢が開発に着手していますが、遜色のない品質のものをライバルよりも大幅に安く作れれば、国内の患者さんに福音となるだけでなく、高い国際競争力を持つことになります。既にプロトタイプは完成しており、あとは製品化するだけとのことです。
ロボット部門では他に、体内に入れて臓器の奥深くの腫瘍を焼くことができる小型の集束超音波(FUS)装置も実用化目前にまで来ています。どちらも楽しみですね。
震災で予定狂う
ただ実は、プロジェクトや外来部門を拡大するペースが遅れています。施設整備費だけ経済産業省が出してくれましたが、そこから先は大学からも病院からも独立採算で運営する必要があるのです。事業収益が生まれてくるまでの初期費用を、寄付金などで賄う予定にしていたところ、東日本大震災の影響もあって予定より少なくなってしまったのだそうです。
「趣旨と可能性をご理解いただき、ご協力いただける方がいらしたらありがたいです」と橋爪センター長は話しています。
センターにはロボット部門の他、患部へ薬を正確に届けるドラッグ・デリバリー・システム(DDS)の部門、再生医療・細胞療法の部門、分子イメージングの部門もあります。今後それぞれをどんなことをしているのか、ご紹介していきたいと思います。