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梅村聡の目⑭ 国が進める在宅医療 情報収集が必須です

国は、病院で行われている慢性期医療を、在宅医療に移す政策を強力に進めています。この流れに取り残されず、在宅と病院の医療をうまく使いこなすには、情報収集が欠かせません。

 昨年6月に政府が決定した社会保障と税の一体改革では、各地域の特性に応じた地域医療の仕組みづくりを進めていくことが示されています。その中の重点項目の一つが、在宅医療です。
 国の調べでは、2009年に454万人分だった医療介護需要(サービス延べ人数)が、25年には757万人分になると予測されています。これに対して国は、病院のベッドをほとんど増やさず、介護施設のベッドを新たに65万床整備するとしています。単純計算すると、増える303万人のうち238万人は最終的に在宅医療・在宅介護へ移行しなければならないということになります。日本の医療・介護の体制は大きく転換することが分かります。

出発は医療費抑制

 ちょっと歴史を振り返りますと、「病院」という名称は、戊辰戦争の際に私の祖先である蘭学医・関寛斎が「奥羽出張病院」として使ったのが始まりのようです。孤児院や乳児院など「院」の付く他の施設と同様、当時の病院は、医療を受けられない貧しい人たちへの「施し」の場でした。医師が各家庭を回る在宅医療が主流だったのです。
 ところが、1961年に国民皆保険制度が完成して誰もが医療を受けられるようになると、当初は病床規制がほぼなかったこともあり、病院の建設ラッシュが一気に進みました。73年の老人医療費無料化も拍車をかけて病院はどんどん増え、国民も何かあれば病院を頼るのが普通になりました。結果的に、高齢者を長期入院させて"検査漬け・薬漬け"にする「社会的入院」が問題になるなど、医療費は一気に増加したのです。
 転機は83年、当時の厚生省官僚が、医療費増大が国を滅ぼすという「医療費亡国論」を発表し、増大する社会保障費を抑えたい大蔵省(現財務省)の考えとも合わさり、厚労省は医療費抑制政策を進めるようになりました。
 病院のベッド数増が医療費増大につながったという反省から、厚労省は、在宅医療を医療費抑制の格好の手段と捉えました。つまり在宅医療推進の出発点は、医療費抑制のもくろみです。国民側もその狙いを察知してか、積極的になれていないのが実情です。

そして進まない

 在宅医療が進まない理由は、いくつもあります。
 現状の制度で在宅医療を行っていくには、24時間体制で訪問看護とも連携し、かつ緊急入院できるような受け入れ体制を確保していることが必要になります。地方ではかなり難しい要件です。
 在宅医療を行う医師や看護師も足りません。在宅医療として医師が行うのは、患者・家族からの依頼で24時間365日かけつける「往診」と、曜日や時間を決めて定期的に訪問する「訪問診療」です。24時間の往診と訪問診療を行う「在宅療養支援診療所」は1万2487件あります(平成22年7月)が、その約7割は、1人の医師が24時間対応している状況です。
 診療科別の医療機関で育った医師は、患者の体を心身とも総合的に診たり、家族や地域の状況も踏まえながら必要な医療を判断したりという訓練を十分にはされてきていません。患者・家族との関わりが密になるため、コミュニケーション力も求められます。たくさんのコメディカルや検査機器などが充実した病院を"ホーム"とすれば、患者や家族と一対一で向き合わなければいけない在宅医療は、これまでの医療従事者にとっては"アウェー"なのです。
 また在宅医療には、訪問介護などの介護保険サービスとの連携が欠かせません。しかし、地域の介護サービス不足や、医療側と介護側の双方の理解不足などで、なかなかうまく連携できないようです。
 さらに在宅医療や在宅介護にとって重要な課題は、医療者の自律性がより求められるという点です。医療や介護だけに限りませんが、他人の目の行き届かないところではモラルハザードが発生しやすいのです。悪質な経営者の話も時々耳にすることもあります。

それでも止まらない

 しかし、現状の医療体制にも多くの問題があります。必要のない高齢者を長期入院させる医療経営者も一部にはいますし、地域での役割が今一つはっきりしない病院もあれば、たった一つの病院が何もかも引き受けている"医療崩壊"寸前の地域もあります。地域特性に応じた仕組みづくりを進める厚労省の方針は、やむを得ないと思います。
 今回の診療報酬改定では在宅医療を進める方向の項目に多く点数が付きました。在宅医療を担う医療機関の役割分担や連携促進、看取りに至るまでの医療、在宅歯科・在宅薬剤管理、訪問看護、医療・介護の円滑な連携などに約1500億円分です。
 目玉は有床診療所の活用です。全国には約1万施設の有床診療所があり、これまで診療報酬の削減が行われてきましたが、今回は約100億円の新たな財源が振り向けられました。在宅患者の緊急入院を受け入れたり、在宅と病院の橋渡しといった役割に期待したいと思います。
 一方で、緊急時や夜間の往診料が引き上げられましたが、常勤医3人以上で往診や看取りに実績があるという条件付なので、医師不足の地域では恩恵にあずかれないでしょう。格差が拡大しかねないと危惧しています。

今後は情報次第

 いずれにせよ、国は在宅医療推進を加速するでしょう。そして、万人に配慮する余裕は、もはや国にありません。
 今後は、必要な情報をいかに集められるかが勝負になってきます。受け身でいると、「こんなはずではなかった」となりかねません。
 地域にどんな診療所や病院、介護施設があって、どんな医師や看護師や介護スタッフがいるのか......。自分の家族に必要なサービスは、金銭面は、必要な福祉用具は、相性のいいケアマネジャーはどこにいるか......。いざとなって困る前に、地域の情報の集まる場所がどこなのか、アンテナを張っておいてください。
 良い悪いの問題ではなく、受けられる医療は情報次第の時代になったのだということを、ぜひとも皆さんにご認識いただき、この時代を乗り切っていただきたいと思います。

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