国民皆保険は絶対に守るべき ただし現状のままでの存続は無理
梅村聡の あの人に会いたい 江崎禎英・経済産業省政策統括調整官 兼 内閣官房健康医療・戦略室次長 (下)
患者の自律をサポートするには何が必要なのか、元参院議員・元厚生労働大臣政務官の梅村聡医師が、気になる人々を訪ねます。
梅村 医薬品開発を始めとする医療政策が産業政策的に「危うい」という話をしていただきました。しかし、今の国民皆保険制度は、国民の側から見たら非常に使い勝手の良いものだと思うのです。
江崎 もちろんです。
梅村 この仕組みがある限り、産業政策的な「危うさ」はずっと付きまといますよね。
江崎 いえ、付きまといません。これは別の話です。
梅村 別なのですか。江崎さんの頭の中では、どういう整理になっているのですか。
江崎 本来、国民皆保険制度と医薬品の長期収載の仕組みが連動する必要はないのです。イギリスやドイツなど先進諸外国がそうであるように、国民皆保険制度においても、費用対効果を考えてどの薬を保険の対象にするかを決めるのが一般的な方法です。他方、日本では、承認した薬は原則としてすべて保険の対象にするという前提を置き、国が薬価を決めるため、あたかも連動しているかのように見えるのです。その原則から外れているのは、バイアグラとピルとリアップくらいです。
梅村 なるほど。
江崎 長期収載品の仕組みは、今では産業育成というより製薬会社に供給義務を課していることの見返りの意味が大きいと思います。儲けが少ない医薬品を生産し続けるために他で儲けさせて辻褄を合わせるというのは前近代的な行政手法です。政策資源のロスが非常に大きくなる可能性の高い手法と言われています。
梅村 そうなのですね。
江崎 産業政策的な「危うさ」のもう一つの原因は、国民皆保険制度を維持するために混合診療は認めない、としている点にあると思います。
梅村 そう、その前提は誤解ですよね。勘違いしたまま混合診療に反対している方も多いと思うのですが、先進医療などの高額の治療と保険が適用される治療を混ぜて実施することは、制度上何の影響もないのです。
江崎 ないと思いますよ。先進諸外国で普通に行われていることですから。
梅村 禁止になっている理由はですね、混合診療を一般的に認めると、例えば駅前に無料キャンペーンで診察しますよという医療機関が出てきて(無料と保険診療との混合で)、周りの病院が疲弊するまで無料診療をやって、周りが潰れてから自由に値決めをする。そうした医療機関が増えることで国民皆保険制度の安全網を壊す可能性があるからという理由なのです。
江崎 一般の商取引や貿易の世界でいう「ダンピング」ですね。これは、独占禁止法やWTOなど国際ルールでも規制されていますので、医療の分野で無秩序にそのようなことが起きるとは考え難いと思います。ただ、仮にそうしたことが起きても、自由診療による治療が行われている限り、その治療が保険適用された場合に比べて保険料負担は軽減されますので、財政的危機に陥っている国民皆保険制度は維持しやすくなります。