がん医療を拓く⑧ 血液診断めざし進む研究開発
さらに有望なエクソソーム
エクソソームという単語を初めて目にした人も多いことと思います。日本語だと、細胞外小胞となりますが、そう言われても何のことだか分からないですよね。
「脂の膜に覆われた直径100nm(ナノメートル=10億分の1メートル)程度の球なんですが、中に親細胞由来のRNAや抗原が入っています。近年あらゆる細胞がポコポコと放出して、遠くの細胞まで情報を伝達しているらしいと分かってきたのです」と芝部長(図1)。
細胞間の遺伝情報伝達や免疫の制御に関与している可能性が明らかになっています。がん細胞もエクソソームを盛んに放出しており、他の細胞に働きかけて自分たちの成長しやすいような体内環境を作っている可能性が高いと考えられています。
「放出されたエクソソームは、いわば細胞自身の分身です。ですからエクソソームを低コストで簡単に捕捉し解析できるようになれば、生検と同じように血液検査で正確な情報を得られることになります」
人工進化ペプチド
エクソソームを検出するシンプルかつ低コストな手段として芝部長らが用いようとしているのは、天然には存在しない構造を持つ「人工進化ペプチド」(アミノ酸の結合体)です。
CTC検査機器をはじめ現在の医療診断装置は、タンパク質を認識できる様々な抗体をベースに開発されています。人工進化ペプチドなら、抗体と同様の認識機能を持ちながら圧倒的に小さく、他の分子とも簡単に結合させられるのです。
具体的に検討しているのは、エクソソームの表面構造にくっつく人工進化ペプチドを創製し、それを容器の内側にコーティングした装置。採ってきた血液を容器に通すと、エクソソームが壁に捕まって、他の血液成分から分離されるという仕組みです(図2)。人工進化ペプチドと蛍光成分を組み合わせてがんの動態を可視化するなど、様々な工夫も可能です。
芝部長は「現在はまだ、色々な細胞が放出するごちゃまぜのエクソソームを十把一絡げで解析している状況なので、まずはそれらを分離し整理することからです。ゆくゆくは『風を読む』ように、複数の項目の数値変化から、がんの〝進化〟をタイムリーに把握できる装置も開発できるのでないかと考えています」と語ります。
がんは"進化"するがんは遺伝子の異常によって発生します。ただ、その異常は一律ではなく、無秩序で多様です(2012年10月号参照)。がんが成長するほど多様になっていき、体内の環境や抗がん剤などに適応した細胞が次々に台頭してくると考えられています。まるで生物が進化するかのようです。
がんの根治が困難なのは、がんの進化と治療とが、いたちごっこになりやすいためです。がんの進化を的確に捉え、その都度治療を変更していくことができたなら、もっと治療成績は良くなるかもしれないのです。