がん医療を拓く④ ふぞろいを狙い撃つ
がんでは、細胞が無秩序に増殖を続けます。そして、本来は同じ性質を持った細胞が並ぶはずのところが、極めて「不均一(ふぞろい)」な細胞集団になっています。今後この不均一さが、治療の新たなターゲットとなるかもしれません。
元々は自分の体の細胞なのに、遺伝子の異常によって、無秩序に、無限に増殖してしまう――これが、これまで繰り返し説明してきたがん細胞の性質でした。たとえて言うなら、細胞増殖を操るアクセルが過剰だったり、ブレーキが壊れたりして、自身の暴走を止められなくなっている状態です。そして、がんに対する治療法の開発も、もっぱらこの「アクセル」や「ブレーキ」に着目して行われてきました。
しかし実は、もう一つ、一般の人にはあまり知られていない重要な性質があったのです。それは、がんが「不均一な細胞集団」であることです。
今回は、ここに焦点を当てます。
本数がバラバラ
まずは生物の授業の復習です。ヒトの細胞には、細胞の設計図に当たる遺伝情報の載った染色体が、父親由来の23本と母親由来の23本、計46本入っています。生殖細胞を除き、体のどこの細胞を取ってみても、全く同じ23対(46本)です。ただし、体の部位や器官ごとに使われる遺伝情報が異なるため、それぞれ細胞が特徴的な形や機能になっているのです。
「ところが、今から約150年前、ドイツの病理学者が、がん細胞の染色体の数が46本ではなく、かなりバラついていることを発見しました。ある患者さんのがん細胞が、それぞれ違う数の染色体を持っているのです。数が違うだけでなく、対の組み合わせが変わっていたり、染色体そのものの形が変わったりもしています」と解説するのは、がん研究会がん研究所実験病理部の広田亨部長(医学博士)。これが、がん細胞の「不均一性」です。
入っている遺伝情報が細胞によってバラバラですから、でき上がってくる細胞たちも「想定された形や機能に向かうことなく、多種多様な振る舞いをする細胞の集団」になってしまうと考えられます。
結果、例えば運動能力の高い細胞が出てきて勝手に移動すれば、転移の原因となります。また、抗がん剤に対抗するような機能を持ったものが出てくれば、薬剤耐性獲得から再発という流れの原因となります。