がん医療を拓く⑪ 動物モデルを使いヒトのがんを再現
よく知られるように、医薬品の効果や安全性は、いきなり人に試すのではなく、まず動物で試験をします。また、病気そのものの仕組みや性質を研究する際にも、ヒトの病気を再現した動物を用いることが大切です。
がんに関しても、これは当てはまります。試験管の中の細胞をいじっているだけでは限界があり、生きている体(生体)の中での振る舞いや、周辺組織~体全体との相互作用などを、総合的に判断していく必要があるからです。
「いかにヒトがんをよりよく反映した動物モデルを作るか、が大切です。それができてこそ、治療技術への応用も可能になります」と語るのは、がん研究会がん研究所発がん研究部の中村卓郎部長。
遺伝子工学を駆使してがん遺伝子の一部をマウスの細胞に導入し、発がんに必要な遺伝子異常を特定したり、遺伝子相互間の作用を明らかにしてきました。
白血病の原因を発見
中村部長らの大きな成果の一つが、ヒトの急性骨髄性白血病と同じ状態を体内に作ったマウスモデルです。
「きっかけは、今から20年以上前。白血病に似た病気に罹りやすいマウスを解析したところ、HoxA9という遺伝子が活性化していることが分かりました。次にHoxA9が原因となっているヒトがんがないか探すと、白血病で、NUP98-HoxA9という融合遺伝子を発見しました」
ただし、これだけではまだ、本当にこの融合遺伝子が白血病を引き起こしているかは分かりません。
「そこで、レトロウイルスベクターによってNUP98-HoxA9を遺伝子内に取り込んだ細胞を作り、マウスに骨髄移植しました」
結果、約20%のマウスに白血病の症状が現れました。NUP98-HoxA9が、白血病の重要な原因遺伝子の一つであると示せたことになります。
「20%というのは我々にとってはかなり大きな数字で、重要な原因遺伝子であることは間違いありませんが、100%でないということは、白血病発症に必要な遺伝子異常が他にもあるということになります」
同じことは次のような実験でも証明されました。培養細胞レベルではHoxA9が活性化しただけで白血病になることが観察されたのに、マウスの体内に単にHoxA9を導入した場合には発症しませんでした。他の遺伝子が関与して初めて発症するのです。
この原因として、白血病と骨髄との関係が重要でした。白血病の根城は骨髄です。治療後に再発してしまう場合があるのも、白血病細胞が薬の届きにくい骨髄の奥で身を潜めているためとも考えられています。逆に、白血病細胞が生まれても骨髄に定着できなければ発病には至りません。
「白血病細胞が骨髄内に定着して増えていくには、白血病細胞が骨髄の環境に適応することが必須なのです」
HoxA9とともに必要となる遺伝子として中村部長らが発見したMeis1こそ、この定着を司るものだったのです。