がん医療を拓く⑩ 肥満は腸内細菌を変え、肝がんにつながる
腸内細菌が胆汁酸を有害化
次なる疑問は、なぜ肥満したマウスでは肝星細胞が細胞老化を起こしたのか、です。大谷研究員らは、マウスの体内で肥満に伴ってどんな変化が起きているかを調べました。
すると顕著だったのが、腸内細菌のうち「グラム陽性菌」と呼ばれる一群の著しい増加です。肥満でないマウスでは腸内フローラ(消化管内に棲む微生物群の生態系)の50%以下に留まっているところ、肥満したマウスでは全体の90%ほども占めていました。
重要なのは、一部のグラム陽性菌が、胆汁に含まれる一次胆汁酸を、代謝によって二次胆汁酸へ変換することです。
胆汁酸は元々、食事で摂取した脂肪分を吸収しやすくする成分で、肝臓で生成、胆汁と共に腸内に分泌されます。その後、また胆汁と一緒に腸管で吸収され、血液に混じって門脈から肝臓に回収され、再び胆汁に再利用されるようになっています(腸肝循環)。
問題は、二次胆汁酸が、消化吸収に役立つ一次胆汁酸とはもはや別物であること。遺伝子レベルで細胞に傷をつける有害物質が含まれているのです。その二次胆汁酸までが門脈を経て肝臓に戻ってくる結果、星肝細胞の遺伝子にダメージを与え、細胞老化を誘導することになると考えられます。
実際、大谷主任研究員らが肥満マウスに抗生物質(バンコマイシン)を投与して腸内のグラム陽性菌を死滅させたところ、細胞老化を起こす肝星細胞の数が減り、肝がんの発症率も大きく低下したのです。一方で、あえてそこに人工合成の二次胆汁酸を補うと、肝がん発症率を抑え込めなくなることも確認できました。
以上から、肥満から肝がん発症に至るまでに、
①腸内フローラが変化し、二次胆汁酸を産生するグラム陽性菌が増える
②大量の二次胆汁酸が、門脈を通じて肝臓に運ばれる
③肝星細胞の遺伝子にダメージを与え、細胞老化を起こす
④細胞老化した肝星細胞からSASP因子が分泌される
⑤SASP因子が肝細胞の発がんを促進する
という段階を経ることが分かりました。
なお腸内細菌が変化したのは、肥満のためではなく高脂肪食のためではないかという疑念も出てきます。これに関しては、満腹中枢を刺激するホルモン(レプチン)が出ない遺伝子変異を持ったマウスが、高脂肪食ではなく通常食で肥満となった場合にも、腸内細菌が同様に変化し、最終的に肝がんを発症することまで確認しています。
また、以前から、二次胆汁酸が大腸がんの発症を促進することは分かっていました。「二次胆汁酸は血流に乗って全身を巡ります。他の臓器・器官でも、がん発症が促されている可能性はあります」と大谷主任研究員は話します。
診断・予防の可能性
ところで、ここまでの研究はマウスを使ったものですが、これらが本当にヒトに当てはまるのでしょうか。その点についても大谷主任研究員らは検討を行いました。
併設のがん研有明病院で手術を受けた患者のうち、肥満(BMIが25以上)でNASH肝がんと診断されたケースの肝がん切除サンプルを解析したところ、約3割に、肝星細胞の細胞老化およびSASPが見られました。ヒトのNASH肝がんでも、少なくとも一部については同様のメカニズムを適用できると考えてよさそうです。
この研究の成果を踏まえ、研究室では二つの可能性を描いています。
一つは、便中の細菌に、二次胆汁酸を産生するグラム陽性菌がどの程度含まれるか測定することで、肥満による肝がんの発症リスクを予測することです。便を調べるだけで済むなら低侵襲ですね。
もう一つは、二次胆汁酸を産生するグラム陽性菌の増殖を特異的に抑制する薬剤や食品添加物を開発して、肥満に伴う肝がんの発症を予防することです。近年注目を集めているプロバイオティクス(腸内フローラのバランス改善により宿主の健康に好影響を与える生きた微生物菌体)やプレバイオティクス(善玉菌の餌となり腸内フローラのバランスを改善する物質)といった分野とのコラボレーションにも、期待したいところです。