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がん医療を拓く⑪ 動物モデルを使いヒトのがんを再現


共発現すると定着可能に

実は、HoxA9もMeis1も、血液細胞の分化や維持のために重要な「ホメオドメイン遺伝子」に属しています(コラム参照)。このホメオドメイン遺伝子から作られるタンパク質は、DNAの特定の配列に結合して他の遺伝子の発現を調節しています。その際、2〜3種類のホメオドメインタンパク質が複合体を作り、標的とする遺伝子のスイッチを操作することが近年分かっています。

 HoxA9はHox遺伝子群の一種で、体の前後の位置関係や臓器の部位を決定します。Meis1は元々造血幹細胞(骨髄などにあり、赤血球など血液細胞の元となる細胞)の維持に不可欠な遺伝子です。両者が共に活性化(共発現)することで、白血病細胞が骨髄内に留まれるようになると分かったのです。

協調遺伝子も同定

 中村部長らはさらに、HoxA9/Meis1の協調遺伝子Trib1も突き止めました。協調遺伝子とは、特定のがんの原因遺伝子の反応を早めたり悪性度を高める遺伝子です。レトロウイルスベクターで遺伝子導入する方法を用いて発見しました。

 「レトロウイルスがDNAのどこにHoxA9/Meis1を組み込むかは、ランダムに決まります。組み込まれた近くに協調遺伝子があれば、がんの発症が早まることで、探知できるわけです」

 HoxA9/Meis1の骨髄移植によって白血病の症状が現れた20~30匹のマウスを調べたところ、4分の1の腫瘍でTrib1の近くにレトロウィルスが挿入され、Trib1の発現が高まっていました。HoxA9/Meis1とTrib1を改めて同時に発現させてみると、一気に白血病発症が加速され、また悪性度が高まることも分かったのです。
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 ヒトの急性骨髄性白血病でもTrib1の異常は見つかってきています。「協調遺伝子を同定して、その作用を調べる作業は時間がかかる作業です。しかし、ヒトのがんの解析だけでは予想しなかった発見につながることもありますし、動物モデルの解析では検証作業も可能です。だからこそ動物モデルの出番と考えています」

なぜマウスか

 中村部長らは、白血病のモデル作製法を応用して固形がんの動物モデル作製にも取り組み始めています。

 このように動物モデルを作ろうとするのは、ヒトのがんの発生の仕組みを早期から進行期に至るまで再現し、悪性化の原因を解明する理想的な手段だからです。また、良いモデル動物を作ってしまえば、新たに開発した治療薬の効果を試す際にも役立ちます。

 モデル用の動物としては、マウスが多く用いられています。ゲノム(遺伝子の総体)サイズが小さめで、容易に入手・飼育でき、世代交代も早いという点が研究に適しています。もちろん、マウスも尊い生命のある存在ですから、ヒトの命を救うため必要最低限の数で研究を行うことが大切です。

 世界中のがん研究者がマウスを使っており、均質なマウスを使うことで研究結果や研究材料を共有しやすく、共通の知識の蓄積につながって、研究の効率化も図れます。今後は、治療応用面を一層意識した研究が進むことが期待されます。

ホメオドメイン遺伝子

 すべての体細胞はゲノムと呼ばれる全遺伝情報を等しく持っていますが、それぞれの組織や器官の働きや形状に合うよう、細胞の形や機能は分化しています。どの遺伝子を発現させて適切に分化させるか決めているスイッチ的な遺伝子群が、ホメオドメイン遺伝子です。


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