がん医療を拓く⑱ 遺伝子変異なくても 慢性炎症が招くがん
遺伝子の突然変異はDNAを1千~10万分子調べて1個見つかるかどうかという割合なのに対して、メチル化異常の割合は、細胞を少し採ってDNA100分子について試薬で調べるだけで分かります。このため、メチル化異常の割合を調べて、がんになりやすい状態の人を見つけられるのではないか、と世界中でリスク診断法の開発が進んでいます。
牛島分野長たちも現在、ピロリ菌を除菌した後の胃粘膜のメチル化異常割合から、胃がん発症リスクを予測するシステムの開発に取り組んでいます。
「予測」という意味では、抗がん剤が効くかどうか、DNAメチル化で測れるがんもあります。
脳腫瘍の一種である悪性神経膠腫(悪性グリオーマ)では、テモゾロマイドという抗がん剤の効果が、ある遺伝子の働きで消されてしまうことが知られていました。しかし、この遺伝子にDNAメチル化が起きている場合は、テモゾロマイドが効くのです。テモゾロマイドを投与して効果を期待できるかどうか、DNAメチル化の有無を調べて判断できるというわけです。
脱メチル化薬
DNAメチル化異常をターゲットとした「脱メチル化薬」も、既に血液がんで使われています。
第一例のアザシチジンは2011年に、骨髄異形成症候群の治療薬として販売開始されました。以前は、幹細胞移植ができない高齢患者の多くは、輸血などの対症療法でしのぐしかありませんでした。アザシチジンを投与すると、対症療法のみに比べて約9・5カ月、生存期間が伸びると報告されています。欧米では、乳がんや肺がんなどの固形がんについても、臨床試験が進んでいます。
ただし、正常なDNAメチル化まで外してしまうことによる副作用も起きます。血液細胞を作る骨髄の働きが低下して、免疫力低下や貧血、出血しやすいなどの症状が現れるのです(骨髄抑制)。当然のことながら、予防投与などできません。
牛島分野長は、「脱メチル化薬は、抗がん剤や分子標的薬と違って、血中濃度を高くすればするほど効くというものではありません。基礎実験の結果からは、毒性が出るよりずっと低いレベルで使うと良いことが示唆されています」と説明します。
世界が投資
エピゲノム異常が関連すると見られる疾患は、がんだけではありません(表)。こうした裾野の広さから、エピゲノムの解析は世界的に急がれています。2010年発足の「国際ヒトエピゲノムコンソーシアム(IHEC)」には、米国やドイツをはじめとするEU数カ国、日本などが参加しています。「5~6年前から世界中の"お金を動かす人々"の関心が、エピゲノムに向かってきている」(牛島分野長)そうで、急速な研究の進展が期待されます。