光学異性体を分割 同じ成分で効果増~大人も知りたい新保健理科⑫
吉田のりまき 薬剤師。科学の本の読み聞かせの会「ほんとほんと」主宰
今回は薬の話です。「花粉症で病院に行ったら別の抗アレルギー薬が処方されたけど、以前の薬のように効くのか心配。大丈夫かしら」と質問されました。薬の名前を覚えていらっしゃらなかったので、形や大きさ、シートの色、飲み方などを聞いていくうちに、今回の薬と前回の薬が何であるか分かりました。そこで私が「以前と有効成分は同じですよ」と返答したところ驚かれました。「以前よりもっとよく効くはずですから安心してください」と付け加えておきました。
この方の薬は、ジェネリック医薬品ではありません。違う名前の薬で、有効成分が同じ、もっとよく効くはずってどういうことでしょうか。今回はこれがテーマです。
右手と左手の関係
皆さん、右手と左手をご覧になってください。手の平同士を合わせてみると、右手と左手はピッタリと重なります。次に、右手の甲の上に左手の平を乗せてださい。今度は重なりませんね。
右手と左手は同じ形で、鏡に映った像のように対称になっています。左の手袋を右手にはめることができず、右の靴を左足で履くことができません。
このように私たちの身の周りには、右手と左手みたいな鏡像関係になっている物質があります。これを光学異性体といいます。
代表的なものがアミノ酸です。アミノ酸の構造は炭素CにCOOH、NH2、H、R(アミノ酸の種類によって異なる部分)が結合しています。ここではRがCH3のアラニンを例にとって説明しましょう。
簡略化した図をご覧ください。ちょうど正四面体の真ん中にCがくるような立体構造をしています。このCに結合しているものは、点線の左右で同じですね。つまり分子式は左右同じです。しかし、左手と右手のように結合の並びで鏡像関係の2種類あることが分かります。
私たちの体で作られるのは左側のタイプだけです。基本的に、アミノ酸はすべて左側のタイプ(L体)だけが作られます。もちろん例外はあり、最近の研究では加齢と共に右側のタイプ(D体)のアミノ酸が蓄積されると分かっています。なぜ進化の過程でL体だけが作られるようになったのかは興味深い話ですが、いまだ明解な答えは得られていません。
この光学異性体のことは、高校の化学や生物で学習します。特別に難しい内容ではありません。かたつむりの殻の渦や朝顔のつるなどにも右回りと左回りがあるように、生物界には右と左との違いが多々あります。関連する本をご紹介しておきますので、興味のある方はぜひご覧になってください。
薬にも光学異性体
さて、L体、D体という言い方は、アミノ酸のようにC(不斉炭素)がある構造には使いやすい用語ですが、単純構造ばかりではありません。それ以外の光学異性体では、一般的にR体、S体という用語で区別されています。
薬にも光学異性体があります。今やジェネリックが多数作られているレボフロキサシンがその代表例です。
レボフロキサシンは抗菌薬です。細菌のDNA複製を阻害することで薬効を発揮しています。実はこの薬、その前に販売されていたオフロキサシンと同じ分子式なのです。オフロキサシンはR体とS体とが混ざった状態(ラセミ体と言います)でしたが、レボフロキサシンはS体だけなのです。
当初の技術では、R体とS体が同じ割合で混ざってしまい、片方だけ大量に生産することはできませんでした。しかし、オフロキサシンで薬効を発揮しているのはS体であること、R体は薬効がなく眠気をひき起こしていることが分かったため、研究を重ねてS体だけ選択的に量産するようになったのです。これによって、眠気が改善され、少ない服用量で効き目が増したのです。
一般名から薬を理解する
冒頭でお話したアレルギー薬も、その方が以前飲まれていたのはラセミ体で、新しく出た薬はそのR体だったのです。具体的に薬の一般名を言いますと、セチリジンとレボセチリジンでした。一般名を見れば、関連があることはすぐに分かりますね。しかし、商品名は全く異なる名前だったので、その方は不安になってしまったのです。R体はヒスタミン受容体に作用しやすいため、服薬量が半分で済むようになりました。
患者さんの中には、医薬品の一般名は分かりにくいと言う方もいらっしゃるのですが、一般名だからこそ薬のことが理解しやすいこともあります。
また、薬が変わった時に不安になってしまう方は、お薬手帳を見せて、何が変わったのか薬剤師に説明を求めてみるとよいでしょう。既存の薬を改良したようなものであると分かれば、落ち着いて服薬していただけるのではないかと思います。