酸素の通り道が細る 今すぐ禁煙しよう~大人が知りたい新保健理科⑱
吉田のりまき 薬剤師。科学の本の読み聞かせの会「ほんとほんと」主宰
今夏はオリンピックで盛り上がりましたね。4年後の2020年はいよいよ東京で開催です。その2020年までに、全世界の死亡原因の第3位になる、とWHOが1994年に予測したのが、COPD(慢性閉塞性肺疾患)という疾患です。慢性に経過し、気道が狭くなります。この名前は最近になってから使われるようになったものですが、新しい病気ではなく、慢性気管支炎や肺気腫と呼ばれていた病気の総称です。
一般社団法人日本呼吸器学会のサイトによると、我が国の現在の死亡原因としては第9位とのことで、ただ既に気道が狭くなっている潜在患者が多くいると考えられること、一方で疾患の認知度が低く早い段階で適切な治療を受けていない人が多いと考えられることから、WHOの予測のように、今後は我が国でも死亡者が増えると考えられます。
そこで厚生労働省は2012年に、COPDの認知度を上げ、積極的に早期からの治療や適切な予防をしてもらおうと、「21世紀における第二次国民健康づくり運動(健康日本21)(第二次)」にCOPDを追加しています。
このCOPDは、中高年に発症し、肺の生活習慣病とも呼ばれています。タバコの煙などの有害物質に長い間さらされた結果、肺に継続的に炎症が起きます。その結果、気道(気管支)が硬く狭くなります。また、気管支の奥にある肺胞が壊されるようになり、毛細血管との間での酸素や二酸化炭素のやりとりがうまくいかなくなります。
そのため、ちょっとした動作でも息切れをしてしまい、咳や痰が続き、呼吸困難にもなります。顔を洗う動作もしんどい、服を着るのにも息が切れる、そういう状態です。重症になると酸素ボンベを伴って鼻から酸素を入れる生活になります。体重が落ち、抵抗力も低下するため、軽い風邪などでも増悪してしまいます。
禁煙で悪化が止まる
ほとんどの患者さんは過去か現在にヘビースモーカーであり、吸わない人でも副流煙にさらされ続けていたことが多いため、別名タバコ病と言われています。もちろんタバコだけが有害物質ではなく、排ガスなどが原因のこともあるのですが、健康日本21(第二次)でも、COPDの予防に必要なのは禁煙であると書かれています。
残念なことに、今すぐ禁煙しても絶対にCOPDにならないと保証はできません。というのは、いったん硬く狭まってしまった気道は、治療しても元に戻すことができないからです。もちろん禁煙すれば、それ以上傷つけることはないので、COPDを発症させないように暮らせる可能性も十分にあります。とにかく一刻も早く禁煙してください。また周りの人を副流煙にさらさないようにする配慮も大切です。
呼吸量が減る
健康であっても、体は経年劣化していきます。肺も衰えます。それでも、無理なく元気に空気の出し入れをする程度の肺の能力は通常残っています。問題は、年齢以上に肺を衰えさせている場合です。
最近、肺の衰え具合を調べて、肺年齢を算出するということが行われるようになりました。思い切り息を吐き出した時の1秒あたりの量(1秒量)をスパイロメーターという機器で計測し、その値と、身長、年齢から肺年齢が算出できます。
ゴム風船を膨らませ、口に太いストローと細いストローを付けた場合では、1秒間に風船の外に出る空気量が異なりますよね。また、ゴム風船ではなくビニール袋の場合でも、外に出てくる量が違ってきます。つまり一定時間に吐き出せる量を調べれば、通り道がどの程度細くなっているか、肺がどの程度硬くなっているか分かります。COPDの傾向にある人は、同年齢の人で比べると、1秒量が少なくなります。
年齢より肺が大幅に衰えている方は、生活の見直しが必要です。
学習がまだ足りない
以前この連載でも取り上げたように、禁煙は、保健で必ず学習します。教科書には、タバコを長年吸ったことにより変色した肺の写真がよく掲載されています。もちろん、この写真も、肺を傷めるならばタバコをやめようと思う動機づけになるのですが、空気の通り道である気管支に慢性的な炎症を起こすことで呼吸ができなくなってしまうダメージについても教えてほしいと思います。
また、理科の授業では、他の臓器に比べて肺はよく学習されているほうですが、教科書の模式図や拡大図では気管や気管支は割と太めに描かれているためか、気道を狭めてしまうことの深刻さは伝わりづらいようです。
実際は、気管は約20回分岐し、肺胞に近い所では直径0.3㎜ほどの細い管になります。肺胞の直径も似たようなもので、ブドウというよりブロッコリーの粒々をもっと小さくした様を思い浮かべていただいた方が正確です。とても細く、かつ小さな所で、毛細血管と酸素や二酸化炭素の受け渡しをしているのです。ちょっとの狭まりや傷がいかに大きな障害になるかが理解しやすいと思います。
肺は、他の臓器と違って自分の意識で動かせる唯一の器官です。浅くも深くも息を据え、一瞬止めることもできます。一方、激しい運動をしている時には無意識のうちに呼吸が早まって大量の酸素を供給してくれます。体のすべての器官を動かせるのは酸素があってのことです。自ら空気の通り道を狭めないような生活心がけたいものです。