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免疫を慣らすと花粉症は治せる~大人も知りたい新保健理科⑳

吉田のりまき 薬剤師。科学の本の読み聞かせの会「ほんとほんと」主宰
 年が明けると、そろそろ春先の花粉症対策として抗アレルギー薬を服用し始める人もいらっしゃることでしょう。多くの方は、鼻水、鼻づまり、くしゃみ、咳、涙といったつらい症状をとるために、対症療法として薬を飲み、花粉そのものを体に接触させないような工夫をして生活しています。

 最近、新しい治療法が登場しました。舌の下からスギ花粉を身体に入れ、少しずつ体を慣れさせることで、スギ花粉に過剰に反応しないようにするという「舌下免疫療法」です。2014年に保険適用となったばかりで、2015年にはダニに対する療法も保険適用されています。

 この治療は高い効果を望めることから、関心を持っている人が多いようです。

 ただ、一般の人たちがこれまで考えていたアレルギーの概念とは全く異なっており、免疫の考え方も学校で教わらないことから、治療そのものの原理については、なかなか理解しづらいようです。

アレルゲンと仲良く

 花粉症が起きるのは、花粉に反応するIgEという抗体が肥満細胞に付き、肥満細胞からヒスタミンなどを放出させるからです。その結果、鼻水、くしゃみなどの症状が出ます。花粉のようなアレルギーの元のことを、アレルゲンと呼びます。

 これまで、アレルギー症状を起こさない最善の方法は、アレルゲンをできるだけ体に入れないこと、と考えられてきました。特に、乳幼児に対してお母さん方は、食物アレルギーが起こらないよう、アレルギーになりそうな食品を排除して、できるだけ与えないよう努力してこられたことと思います。

 しかし最近の研究結果から、それはあまりお勧めできない方法であったことが分かってきました。アレルゲンを全面的に避けてしまうのではなく、アレルギーを起こさない程度に少量ずつ体に入れ、その量を徐々に増やし、時間をかけて慣らしていく方がアレルギーになりにくいことが分かってきたのです。このように慣らしていく治療法を減感作療法といいます。

 もちろん、既にアレルギーを発症してしまっている場合、自分勝手に減感作療法を行ってはいけません。いったんアレルギーになってしまうと、少量のアレルゲンが入っただけでもアナフィラキシーショックを起こしてしまうことがあり、命に関わります。したがって、スギの舌下免疫療法も同じことで、こまめに受診して、医師の指導の下、その人に応じた漸増を、時間をかけてゆっくりと行う必要があります。これはとても重要なことなので、処方する側も、もきちんと講習を受け、認められた登録医師だけが処方できるようになっています。

舌の下からリンパ節へ

 実はこの減感作療法は、新しい治療法ではありません。以前から皮下注射として行われていました。ただ、注射の度に受診しなくてはならず、注射に痛みを伴うというデメリットがありました。舌下免疫療法の場合は、もちろん定期的な受診は必要ですが、毎日の服用は自宅で可能で、痛みも伴いません。

 薬を舌の下にしばらく置いておくと、粘膜から薬の成分が体の中に取り込まれ、顎の下のリンパ節へ行きます。薬に入っているスギ花粉の情報が、リンパ節に存在する免疫細胞へと伝わり、免疫細胞のバランスに変化が起きます。

 当コーナーでは度々恒常性(ホメオスタシス)について取り上げてきました。私たちの身体には、相反する二つの作用があり、それが良い具合にバランスが取れることで、健康な状態を保っています。しかし、一方の作用だけが強い状態が続いたり、頻回に交互に大きく傾きが変わったりすることが続くと、身体に負担がかかり恒常の状態を保てなくなり、病気になっていきます。

 最近になって、免疫の領域においても、このような恒常性の仕組みがあると分かってきました。攻撃と抑制、このバランスがうまく取れることで、過剰な反応が抑えられていたのです。

 この抑制の働きをする細胞のことを、「制御性T細胞」と言います。通称Tレグ(Tregとも書き、ティーレグと読みます)と呼ばれ、坂口志文・大阪大学教授によってつい最近発見されたもので、詳しいことはまだ分かっていません。

 T細胞は聞き慣れない言葉と思います。高校の生物でやっと学習する用語ですので、そういう名前の免疫細胞があると覚えておいてくださればよいかと思います。

 T細胞には、他に「ヘルパーT細胞」と呼ばれるものがあります。略して「Th」と書かれています。これにはさらに2種類あり、Th1細胞とTh2細胞があります。このTh1細胞とTh2細胞のバランスが崩れて、Th2細胞が多くなると、アレルギー反応が促進されます。

 スギの舌下免疫療法は、Tレグを活性化し、Th2の増加を抑え、肥満細胞にあるIgEとスギ花粉とがくっつかないようにすることで、スギ花粉に対する過剰反応を減らしていると考えられています。したがって、これまでの対症療法とは異なり、根本的な治療が可能です。このため、花粉症は治せる時代に突入したと言われているのです。

 花粉症はスギだけではないので、早くヒノキやブタクサの舌下免疫療法も登場するといいですね。

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