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福島県立大野病院事件公判 最終弁論

福島は快晴。
最近の習慣として福島駅から裁判所まで歩く。
さわやかな初夏の趣で大変気分がよい。
凍えながら開廷を待った時期が二度あったなあ
初公判から1年以上経ったんだなあ、としみじみ感慨にふける。


法廷に入ってみると、S検事は残っていたものの、検察官の顔ぶれがまた変わっていた。
初公判の時からは総入れ替えされたことになる。
開廷前に平岩主任弁護士から検察側に弁論のプリントアウトが渡される。
全150ページ。他に経過資料。
その分厚さに検察官、苦笑い。


午前10時すぎ、開廷。
右陪席判事が女性から男性に交代していた。
裁判官も初公判の時から残っているのは左陪席の1人だけ。


淡々と進行され弁護側最終弁論。


結論は
「被告人は、業務上過失致死罪および医師法違反の罪のいずれについても無罪である」


業務上過失致死罪については
多くの証人に対する尋問が行われ、その模様もご報告してきた。
結局その繰り返しなので多くは語らない。
検察側に立証責任があるのだけれど全く立証できていないということ
重ねて、むしろ検察の立証は虚構というべき次元のものであることを
一つ一つ証拠を積み上げて完封勝利した感がある。


問題は医師法違反の方である。
検察のメンツを立てるため、こちらだけ形式的に有罪にするという判決は
法律家の相場的にはある話らしい。
しかし、そんな判例を作られてはたまらない。
その意味で、どんな主張をするのか興味津津だった。
実に堂々たる弁論で感銘を受けたので、少し丁寧にご報告したい。


「検察官は、被告人が死体に異状があると認めたにもかかわらず、24時間以内に所轄警察署に届出をしなかったとして医師法21条違反であると主張する。しかし、本件死体には客観的に異状が認められない。しかも被告人の医療行為には過失がないので、検察官の指摘する裁判例の基準、厚生省のリスクマネジメントマニュアル作成指針、大野病院の安全管理マニュアル、いずれによっても医師法21条の構成要件に該当しない。さらに主観的にも被告人には異状の認識がないので構成要件または故意を欠いている。

仮に該当したとしても、職責ある公務員である院長の被告人に対する指示を考慮すると、被告人が医師法21条に反しないと考えたことには正当な理由がある。そのような状況下で被告人に届出を期待することは不可能であるから、犯罪は成立しない。

さらに、そもそも医師法21条は憲法31条および憲法38条に反し、違憲無効である可能性が極めて高い。違憲無効の法律によって人を処罰することはできないのであるから、構成要件該当性や責任の有無を考慮するまでもなく、被告人は無罪である」

(中略)

「客観的に異状がないこと。医師法21条は検案死体に異状があることを前提にしている。検察官は本件死体に異状があることの立証責任を負っている。異状とは、検案すなわち死体の外表を検査した結果識別される状態であるにもかかわらず、死体外表の状態について検察官は何らの主張もしていない。そして検察官は、被告人の行為に過失があることをもって、異状があることを根拠づけようとする。


しかし既に詳細に述べた通り、被告人には過失がなく、検察官は被告人の過失について何ら立証をなしえていない。したがって、仮に異状の有無を過失の有無と同一に捉えたとしても、本件は客観的に異状があったとすることはできない。


検察官は東京地方裁判所八王子支部昭和44年3月27日判決を採り上げている。

この裁判例によれば、死体の異状とは単に死因についての病理学的な異状をいうのではなく死体に関する法医学的な異状と解すべきであり、死体事態からにんしきできる異状だけでなく、死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況、身元、性別等諸般の事情を考慮して異状を求めた場合を含むものと言わねばならない、とされている。

この裁判例は、入院患者が屋外療法中に行方不明となり、2日後に山林の沢で死体となって発見された事案である。したがって、誰の目から見ても異状な死であることは明白であって、本件事例の先例となりうる事案ではない。仮に本件へのあてはめを行うとしても、本件死体の外観には異状がないことは明らかであり、さらに被告人の過失の痕跡が留められているわけではない。

また手術室での死亡であるから、『発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況、身元、性別等諸般の事情』という基準が適用される事例ではない。したがって、検察官の挙げた裁判例の基準に当てはめても、本件は異状死には該当しない」


(中略)


「違法性の意識の可能性がないこと。仮に構成要件に該当したとしても、被告人が、届出をしなくても医師法21条に反しないと考えていたことには正当な理由があるので、犯罪の成立が阻却される。


札幌高等裁判所昭和60年3月12日判決は、一般的な原則として、判例や所轄官庁の公式見解または職責ある公務員の公の言明などに従って行動した場合など、自己の行為が法的に許されたもので処罰されることはないと信じるについて相当の理由があるときは、例外的に犯罪の成立が否定されるとした。


死体検案後の警察への届出については、厚生省国立病院部が平成12年にリスクマネジメントマニュアル作成指針を出し、医療過誤による死亡もしくは傷害が発生した場合、疑いがある場合には、施設長が速やかに届出を行うべきとされている。被告人もこの内容を認識していた。大野病院も、この指針に基づいてマニュアルを作成しており、被告人もマニュアルの存在と内容を認識していた。これらの指針やマニュアルは、所轄官庁および所属組織の公式な取り扱いとして公にされていたものであり、学会のガイドラインとは意味するところが大きく異なり、被告人がそれに従って行動することには十分な理由がある。


加えて被告人は、マニュアル上届出義務者とされている院長に対して手術の経過を詳細に説明し、その上で院長から届出はしなくてよい旨、指示された。また院長はマニュアル上、判断を仰ぐべきとされている福島県病院局グループ参事との相談においても、過誤がないため届出はしないとの結論に達しており、被告人はその模様を見聞きしている。


このように被告人は所轄官庁である厚生省および大野病院の公式見解ならびに職責ある公務員である院長の指示に基づいて行動したのであるから、被告人が届出をしなくてもよいと考えたことには相当な理由があり、犯罪の成立が阻却されるというべきである。


検察官は、論告において、院長が産科専門医ではなく、かつ、その後事故調査委員会で示されたような胎盤剥離に器具を用いてはいけないという見解を当時知らなかったのであるから、誤った報告や説明を基礎として判断していたに過ぎず、それを根拠に違法性の意識の可能性や期待可能性がないとすることはできないとする。しかし、被告人は誤った報告や説明をしてはいないし、加えて、検察官は事故調査委員会報告書を証拠提出さえしておらず、事故調査委員会で語られたという胎盤剥離に器具を用いてはならないという見解が誤りであることは証拠上も明らかである。当時の院長の判断は誤った報告や説明を基礎としていたわけではない」


(中略)
さて、ここから、いよいよ医師法21条が違憲との主張である。


「そもそも医師法21条は、憲法31条により根拠づけられる罪刑法定主義、明確性の原則に反しており、違憲無効な法律であり、違憲無効な法律により人を処罰することはできないから、被告人は無罪である。


罪刑法定主義は、憲法31条に根拠づけられる刑事法上の大原則であり、その派生原則として明確性の原則を包含している。

明確性の原則の判断基準について、昭和50年9月10日徳島市公安条例事件最高裁判決は、『不明確のゆえに憲法31条に違反し無効であるとされるのは、その規定が通常の判断能力を有する一般人に対して、禁止される行為とそうでない行為とを識別するための基準を示すところがなく、そのため、その適用を受ける国民に対して刑罰の対象となる行為をあらかじめ告知する機能を果たさず、またその運用がこれを適用する国または地方公共団体の主観的判断にゆだねられて恣意に流れるなど、重大な弊害を生じるからである』としている。


これを医師法21条について見ると、同条には『異状』という以外、文言上、何ら解釈の手がかりがない。


法律の趣旨にさかのぼって考えるとしても、医師法は医師の身分法という基本的性格を有しており、通常の判断能力を有する一般人が直ちに医師法21条の立法趣旨を理解することはできない。


たしかに最高裁判決では、『交通秩序を維持すること』という医師法21条同様の曖昧な規定を合憲とした。しかし、それは徳島市公安条例が、デモ行進等の届出やその制限を立法趣旨としていることが明確である上、所轄警察署の道路使用許可条件で『蛇行、渦巻き行進』などの禁止事項が明記されていることから、『集団行動等が一般的に秩序正しく平穏に行われる場合に随伴する交通秩序阻害の程度を超えた、ことさらな交通秩序の阻害をもたらすもの』が処罰の対象になるということを理解することも不可能ではないからである。


これに対し、医師法21条は、同条の立法趣旨が医師法の性格から直ちに明らかになるものでもないし、後で述べる通り、周辺団体や行政官庁の見解も混乱を来しており、規制対象である一医師が処罰の範囲を明確に理解することは、極めて困難である。


種々の団体や行政官庁が様々な解釈指針を公表しており、いずれもその内容が異なっているため、現場の医師に明確な規準を与えているとは言えないばかりか、かえって医師法21条の解釈の混乱に拍車をかけている。このようにガイドラインが複数存在すること自体、法律の解釈にあたり補充を必要とし、医師法21条が明確性を欠く証左である。


厚生省リスクマネジメントマニュアル作成指針では、医療過誤による死亡もしくは傷害が発生した場合、その疑いがある場合、施設長が速やかに届出を行うべきとされている。異状死を、医療過誤が発生した場合、その疑いがある場合に限定したが、逆に傷害が発生した場合にまで届出範囲を広げており、医師法21条の解釈の域を超えている。


日本外科学会ほか10団体は、平成14年の声明の中で、重大な医療過誤が強く疑われ、または医療過誤の存在が明らかであり、それによって死亡または重大な傷害が生じた場合、診療に従事した医師が速やかに届出を行うべきとした。これは日本法医学会ガイドラインへの批判を前提としたものである。届出対象を重大な医療過誤に限定したが、届出義務者を検案した医師ではなく診療に従事した医師としている点では、医師法21条の解釈の域を超えている。


日本法医学会が平成6年に発表した異状死ガイドラインは、異状死の概念を拡張解釈する姿勢を明確にしている。しかし、刑罰法規の拡張解釈は慎重になされなければならないのであって、国民一般にとって予測可能な範囲を逸脱するような拡張解釈は許されない。


そもそも日本法医学会がガイドラインを定めた意図は、先進国の中で我が国の剖検率が際立って低く、監察医制度が著しく未整備であるという情況を改善しようという点にある。本来は立法府として明確に定めるべき異状死の定義を一民間団体である法医学会が、法的な整合性や一貫性を十分に検討しないままに提示したものと評価せざるを得ない。これを立法府や司法府が無批判に受け入れることは本来あってはならないことである。


被告人の逮捕後に開かれた第164回国会参議院厚生労働委員会において『警察庁は、この異状死体というものをどういう風にお考えになっているのでしょうか』という質問に対し、警察庁刑事局長が『医師法21条の規定に基づく届出を行うべきものか否かにつきましては、これはもう個別にいろいろ判断される事項でありますので、なかなか難しいものだろうと、こういう風に思っております』と答弁している。

また『医師法21条の改正もしくはその解釈も含めた検討を早急にやっていただきたいと思いますが、いかがでございますでしょうか』との質問に対し、厚生労働大臣は『異状死の範囲を国が具体的に示すことができるかということになるとなかなか難しい課題だ』と答弁している。


このように届出を受ける警察庁の最高幹部や所管官庁の責任者自らが医師法21条について明確な解釈ができないことを認めているのであるから、ましてや現場の一医師に明確な解釈を求めることには無理があるし、捜査機関の責任者でさえ適切な解釈ができない状況では現場の捜査官の恣意的な判断により医師法21条が運用される恐れを排除することができない。


裁判所も明確な解釈を示していない。
平成16年4月13日の都立広尾病院事件最高裁判決では、医師法21条の憲法38条への適合性が争われたが、当該事案が点滴薬剤の取り違えという明白な過失を扱うものであったことにより、結果的には異状死の定義には触れないまま、異状があったことを当然の前提として有罪判決を下したため、異状死の定義は不明確なまま積み残しとなってしまった」


(中略)


「さらに医師法21条は、憲法38条に根拠づけられる黙秘権を侵害する違憲無効な法律であり、違憲無効な法律により処罰することはできないから、被告人は無罪である。


都立広尾病院事件最高裁判決は①医師法21条に基づく届出義務が、単に犯罪発見の端緒を得る目的のみでなく、被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図る目的の行政手続上の義務である点②届出の対象が、死体に異状があると認めたことのみであって、届出人との関わりなど犯罪構成要件に関わる事項ではない点③医師免許は人の生命を左右する診療行為を行う資格を付与するのであるから、それに付随する社会的責務としての合理的負担も甘受せねばならない点④公益上の高度の必要性がある点、を理由に、医師法21条が黙秘権を侵害せず、憲法38条に反するものではない、とした。

しかし後述の通り、本判決が根拠とする①から④の事由はいずれも妥当性を欠いている上、特殊な事例に対する事例判決というべきものであり、本判決を本件に適用することは適当ではない。


本判決は、医師法21条には社会防衛を図る目的を有する行政手続上の義務という側面、医師たる職業に内在する制約が存在するから、黙秘権を侵害することにはならないとする。

しかし、憲法38条が保障する黙秘権は基本的人権の根幹に関わる必須の権利であって、公益性を根拠にこれが安易に制限されるとすれば、憲法が保障する基本的人権の保障は画餅に帰す。


そもそも医師法21条は明治時代に制定された医師法施行規則9条をそのまま引き継ぐ規定であり、もとは内務省の所管法令であった。内務省は、警察事務のほか、現在の厚生労働省が所管する事務も所管していたため自然なことであった。

しかし内務省が廃止され、内務省が所管していた事項は、警察事務は警察庁および都道府県警察へ、衛生上の事務は厚生省へと移管された。これに伴い、『感染症の予防および感染症の患者に対する医療に関する法律』などが厚生省の所管法令として制定され、社会防衛のための医師の届出義務などは同法12条などで処理されることになり、医師法21条が有していた社会防衛を目的とする側面は大きく後退することとなった。

今や医師法21条は、主として犯罪発見の端緒を得る目的のために存在するものとなっており、本判決が述べるような衛生確保など行政手続上の目的は、副次的なものに過ぎず、このような副次的な目的を根拠に憲法38条に違反しないと結論づけられることはできない。

また、仮に衛生確保等の行政上の目的があるとしても、医師法21条による異状死体の届出により、捜査機関は犯罪捜査の直接の端緒を得ることになるし、その報告内容には単に異状死体が存在することに留まらず、死亡に至った経緯等の説明を求められることは必然であり、これらの業務と黙秘権により保障された権利が鋭く対立し、相容れないことは自明のことである。


本判決は、届出事項が犯罪構成要件を含まないので黙秘権を侵害しないとしている。しかし、医師法21条は届出内容を規定していない。従って、所轄警察署の運用次第では、診療医師や診療経緯を聴取される危険があるから、届出事項が犯罪構成要件を含まないとは言い切れない。

そもそも今日の医師法21条は主として犯罪発見の端緒を得る目的で届出をさせている以上、犯罪構成要件に該当する事項を聴取しようとするのが通常であり、届出自体に犯罪構成要件が含まれなくても、必然的に犯罪構成要件に該当する事項の聴取を招来するので、届出事項の内容を理由にすることは形式論理である。医師法21条の届出を行えば、捜査機関から死体検案書ないし死亡届の提出を求められることは容易に想像できる。本件でも被告人の過失を裏付ける証拠として、検案結果を記載した死亡届が提出されていることからも、医師法21条の届出が医療過誤の犯罪捜査に直結することは明らかである。


本判決は、医師が人の生命を左右する診療行為を行う資格を有するがゆえに、その代償として黙秘権の放棄を伴う社会的責務を負うべきとする。

しかし、応召義務を前提として、今日の医療現場における医師の過重な負担を見るにつけ、逆に医師が人の生命を左右せざるを得ないことが、医師の社会的責務とさえいえる。責務の代償に責務を負わせることはできないのであって、本判決の論理は現実を理解しない空論である。

また仮に医師が本判決の指摘するような特権を有しているとしても、特権を有しているからといって、基本的人権である黙秘権を奪われる理由にならないことは言うまでもない。


本判決は、医師法21条の届出に公益上の高度の必要性があることを合憲の理由としている。しかし、公益上の高度の必要性等という抽象的な理由によって、黙秘権という重要な基本的人権を軽視することはできない。


以上の通り、都立広尾病院事件最高裁判決が医師法21条を合憲であるとした判断には重大な誤りがあり、受け入れることができないものである。


そもそも本判決の事案は、看護師が点滴薬剤を取り違え、血液凝固防止剤を投与すべきところ誤って消毒液を投与したという明白かつ初歩的な医療過誤に関するものである。

さらにこの事件は、病院長について医師法21条違反の有無が問われた事件であったが、病院長にとっての黙秘権の重要性は、二重の意味で希薄化されている事案であった。

まず過失行為を行ったのは看護師であるから、検案医師でもある主治医は監督過失を負うに過ぎず、主治医の監督過失は立件すらされていない。次に医師法21条違反の直接行為者は検案医師である主治医であるから、病院長は共謀共同正犯の限度で関与するに過ぎないうえ、主治医は医師法21条違反を認めていた。

つまり都立広尾病院事件では、問題となっているのが病院長の黙秘権ではなく、看護師と主治医の黙秘権であるに過ぎないうえ、病院長は主治医との共謀について医師法21条の責任が問われているに過ぎなかったのである。

このように本判決は、特殊な事例についての事例判決というべきものである。

これに対し本件は過失の有無が激しく争われている事案であるうえ、被告人は主治医かつ検案医師として業務上過失致死罪および医師法21条違反双方で起訴されており、黙秘権の重要性が激しく問われる事案である。このような事案の相違を無視して、安易に本件に都立広尾病院事件判決を適用することはできない。


憲法38条は、国民に対し黙秘権または自己負罪拒否特権を保障し、国民は刑事手続きにおいて自己に不利益な供述を強要されない権利を有する。しかるに、医師法21条は、必然的に罪状の有無のみならず犯罪構成要件に該当する事実の供述を強いる結果となる場合が多い。このような検案医師の不利益は、行政届出上の義務であるという理由や、医師の社会的責務、公益上の必要性によって排斥される性質のものではない。従って、医師に一義的に医師法21条の義務を課すことは黙秘権を保障した憲法38条に反して違憲である。

たしかに病院に運び込まれた他殺死体を検案するような検案医師の黙秘権が問題とならないようなケースがあるとしても、少なくとも医師が自ら主治医として診療した患者が死亡した場合で、同じ医師が検案を行うときに医師法21条を適用することは、当該適用の限りにおいて検案医師の黙秘権を侵害することになり、憲法38上に反し違憲と言える。


異状の通り、医師法21条は憲法31条および38条に反して違憲無効である上、仮に有効であるとしても、被告人の行為は医師法21条の構成要件に該当せず、かつ、犯罪の成立を阻却する事由があるから、医師法21条違反の点についても被告人は無罪である」


繰り返すが、難題に真正面から正々堂々と挑んだ実に立派な弁論だと思う。
弁論の間、弁護人が声を張り上げる度にニヤニヤしていた検事も
このくだりは真剣な顔をして聞いていた。


この弁論を聞いてしまうと
厚生労働省事故調設置の検討会で盛んに聞かれた
「医師法21条だけ改正するのは国民感情が許さない」という意見が
いかにも薄っぺらくご都合主義のように思えてくる。
第三次試案もこの点には向き合っていないし、それより何より
医師法21条をこのように宙ぶらりんの状態で放置した立法府の責任もまた重い
こう言わざるを得ない。


「医療現場の危機打開と再生をめざす議員連盟」の鈴木寛・幹事長が
午後から傍聴していて、この弁論を聴いていたので
何らかの動きがあることを期待したい。


最後に総括。


「本件起訴が、産科だけでなく、我が国の医療界全体に大きな衝撃を与えたことは公知の事実である。産科医は減少し、病院の産科診療科目の閉鎖、産科診療所の閉鎖は後を絶たず、産む場所を失った妊婦についてはお産難民という言葉さえ生まれている実態がある。

産科だけではない。危険な手術を行う外科医療の分野では萎縮医療の弊害が叫ばれ、その悪影響は救急医療にまで及んでいる。


医師会をはじめ、医学会、医会、全国医学部長・病院長会議等100に近い団体が本件事件に交ぎする声明等を出している。医師の業務上過失致死事件について、各種医療団体から多数の抗議声明等が出されたことは、我が国の刑事裁判史上かつてないことである。


このような事態が生じたのは、検察官が公訴事実において、我が国の臨床医学の実践における医療水準に反する注意義務を医師である被告人に課したからに他ならない。


検察官が、本件裁判において度々言及しながら遂に証拠請求すらしなかった県立大野病院医療事故調査委員会作成の報告書は、起訴前から広く医療界に知られていた。抗議声明等を出した医療団体は、被告人が術前には癒着胎盤の認識を持っていなかったこと、胎盤剥離中に癒着を認識したこと、剥離を継続して完了させたが止血ができず患者が死に至ったことを知ったうえで、それを前提に抗議声明等を出しているのである。


検察官は論告において、『胎盤の剥離を開始した後、癒着胎盤を認めた場合には止血捜査に努めると同時にただちに子宮を摘出するという知見は、基本的な産婦人科関係の教科書、基礎的文献に記載されている産婦人科における基礎的知見』と主張する。証拠となっていないものも含め、胎盤剥離開始後に剥離を中止して子宮を摘出するという記述はない。

また前述の通り、本件で証拠となったすべての癒着胎盤の症例で、胎盤の用手剥離を開始した場合には、胎盤剥離を完了していることが立証されている。これが我が国における医療の実践である。胎盤剥離を開始して、途中で中止し、子宮を摘出するという医療が、我が国の臨床医学の実践における医療水準や標準医療でないことは証拠上明らかである。


(中略)


被告人は、厳しい労働環境に耐えて、地域の産婦人科医療に貢献してきた優秀な産婦人科医である。

懸命の努力にもかかわらず、担当した患者を死なせてしまった被告人の無念さと悲しみは、当公判廷で被告人が供述する通りである。

被告人は真摯に本件患者の死を悼み、度々本件患者の親族に頭を下げ、本件逮捕に至るまで月1度の墓参を欠かしたことはなかった。このような事実は、被告人の医師としての誠実な態度と真摯な姿勢とを如実に表すものである。


本件患者が亡くなったことは重い事実ではあるが、被告人は、我が国の臨床医学の実践における医療水準に即して、可能な限りの医療を尽くしたのであるから、本件に関しては、被告人を無罪とすることが法的正義にかなうというべきである」


この後、加藤克彦医師の最終陳述。
「Aさん(亡くなった方)に対して信頼して受診していただいたのに、お亡くなりになるという最悪の結果になりましたことに、本当に申し訳なく思っております。
 初めて病院を受診された時から、お見送りさせていただいた時の、いろいろな場面が現在も頭に浮かんで離れません。あの状況でもっと良い方法がなかったのかとの思いに、いつも考えがいきますが、どうしても思い浮かばずにいます。
 ご家族の方に分かっていただきたいと思っているのですが、なかなか受け入れていただくことは、難しいと考えております。亡くなられたという事実は変えようもない結果ですので、私も私なりに非常に重い事実として受け止めています。ご家族の皆様には大変つらい思いをさせてしまい、まことに申し訳ありません。
 今回できる限りのことは一生懸命行いました。精一杯できるだけのことを行いましたが悪い結果になり、一医師として非常に悲しく悔しい思いをしております。
 私は、真摯な気持ち、態度で、医療、産婦人科医療の現場におりました。再び医師として働かせていただけるのであれば、また地域医療の一端を担いたいと考えております。
 裁判所に対しましては、私の話に耳を傾けてくださいまして、また真剣に審理してくださったことに深く感謝しております。
 改めまして、Aさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。」

判決公判は、8月20日午前10時から。

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