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どうなっちゃうの? お産が危ない!

産科医が減る理由は、この3つ!

 では、何が常勤医たちを悩ませているのかを考えていきましょう。それは医学生たちが産科医を避ける理由、結果的に常勤医不足が起きる原因でもあります。
 大きく分けると3つになります。・勤務が過酷・医療訴訟が多い・その割に収入が低い、です。順に説明します。
 産科医は一度診療に入れば、血まみれ・羊水まみれになることも珍しくありません。血液などの体液に直接触れることは様々なウイルス感染のリスクがあります。そして昼も夜もなく仕事が発生します。
 歴史的に、受益者側の「近所で産みたい」という望みに沿おうとして、各自治体が競って施設整備を進めてきました。といってもフルタイムで働ける若手・中堅医師の絶対数は少ないので、1人か2人しか産婦人科医のいない施設がかなりできてしまいました。
 24時間いつ仕事になるか分からず眠れない状態が、1人勤務なら365日連続、2人勤務でも2日に一回あります。強靭な体力と精神力の持ち主でも、ずっと続けることができないのは明白です。新人がどんどん産婦人科に入ってくるならば、「何年間の辛抱だ」と考えられますが、現実は先が見えません。
 また、1人か2人しか医師のいないような施設が、体制の充実した施設と同じだけの質や安全を提供できないのは、火を見るより明らかです。こと地方在住者の場合、「近所」と「安全」は、両立がなかなか難しいことになります。
 こうした過酷な勤務状態も、命を救うことに成功して患者から感謝されるだけなら、やり甲斐として昇華できるものなのかもしれません。
 しかし、実際には感謝されるのと同じくらい、患者に恨まれ訴えられるリスクがあります。もともと健康な人が対象となる喜ばしい事象であるため、悪い結果が出た場合に、本人や家族の受ける衝撃が大きく、納得できないとの想いが強くなるからで、賠償額も高くなりがちです。
 全国で起こされる医療訴訟のうち8分の1が産科がらみで、賠償額でみると全体の半分近くが産科領域と言われています。では、そのリスクに見合うだけの収入があるかと言えば、決してそんなことはありません。他診療科の医師と同じ勤務条件です。
 リスクは経済的なものだけに留まりません。
 社会の晩婚化に伴う高齢妊娠・出産の増加は、妊娠・出産の危険性を確実に上げ、予期せぬ悪い結果を招いています。また前項で説明したように、妊娠・出産の危険が忘れ去られ、異常な分娩はすべて医療側の責任であるかのような誤解も広まっています。
 関係者がベストを尽くしても悪い結果が出ることもある、という本質を社会が忘れると、「悪い結果が出た以上、誰かが悪い行為をしたはずだ」との考えが支持を得るようになります。
 この傾向が全国の医師を震え上がらせています。なぜならば、司法によって「悪い行為があった」と認定されると、医師は犯罪者となり、築き上げてきた資格・地位や名誉を失うからです。そして「悪い行為」は、体制の貧弱な施設の方が認定されやすいのです。福島県立病院の産婦人科医が逮捕・起訴される事件(コラム参照)も起きました。
 こうして、1人か2人しか医師のいない施設での分娩取り扱いは、どんどん取りやめられます。「近所で安全に産みたい」は、叶わぬ夢となりつつあるのです。

全国の医師が注目している福島県立大野病院事件。  04年12月に帝王切開手術を受けた29歳の女性が亡くなり、手術ミスがあったとして、執刀医が06年2月から3月にかけて逮捕・拘留・起訴されました。問われたのは業務上過失致死と医師法違反ですが、非常に珍しく対処の難しい症例だったことに加え、この医師が1人勤務だったことから、全国の医師なんと8000人が無罪を求めて署名しました。

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