新薬の来る道。治験を探索してみよう。
新しい薬や療法が承認されるには治験が不可欠であることは、何となくお分かりいただけたと思います。
では、この治験、携わる者それぞれがどういう思惑を持つのか、どんな時に利益と不利益が生じるのか、を整理しましょう。
まず、第一に登場するのは製薬会社です。「この薬を世に送り出そう」と、製薬会社が治験を始める決意をしなければ何も起こりません。
製薬会社からしてみると、何年も前から多額の費用をかけて研究し選び出した物質を薬として売り出すために避けて通れない関門です。無事に治験を終了して承認されれば、ものによっては年間に何百億円もの売り上げが見込めます。しかし治験がうまくいかずに承認を取り損なうと一銭にもなりません。
企業の浮沈をかける一大イベントなので、製薬会社としては、治験に入るからには確実に良い結果を出したいと考えるのが自然なことです。また、以下の事情があるためスピードも重視されることになります。
薬の候補となる物質や製法には大抵何らかの特許がくっついているものです。特許が切れると、最近おなじみの安価な「ジェネリック医薬品」が出てきます。できるだけ長く独占的に利益を得るためには、特許取得から薬の承認まで早ければ早いほど良いことになります。また治験には後の頁で詳しく述べるように様々な人が関与し、結構な費用負担になります。治験期間が延びれば延びるほど、負担が重くのしかかります。
以上、製薬会社は治験で「良い結果」を「できるだけ早く」出したい、と考えていることがお分かりいただけたと思います。
次に登場するのは医療施設(開業医も含む)です。治験に参加する医療施設は、その協力費を製薬会社から受け取ります。受け取る金額に見合わないほど職員の手間が大きくならない限り、医療施設の方から治験を拒む理由はないことになります。
しかし実際には前項でも少し触れたGCPがあって、医療施設が自前で基準をクリアするのは大変なことです。このため医療施設の業務をサポートする企業(治験施設支援機関=SMOと言います)がいくつも存在しています。
次は医師です。少し前まで大学や医学教育では治験が学問として認められず、また日常の診療だけで疲弊しているのに、治験コーディネーター(コラム参照)など周辺を支えるスタッフが不足してきたため、熱心に取り組む医師は多くありません。もちろん協力金はあるのですが、患者の診療の選択肢を増やすなど、お金以外のやりがいが必要になります。
患者はどこへ行った? とお思いですよね。もちろん新しい薬が承認されれば最も利益を受けるのは患者です。しかしその薬を使いたい人が必ずしも治験を受けられるわけではありません。少々ややこしいので、次頁でじっくり取り扱います。
とりあえず患者以外の参加者が、治験を進めることで利益を得る構造はお分かりいただけたと思います。このため、被験者が不利益を被らないよう、薬事法に基づきGCPが定められているわけです。
具体的には、・治験の内容を国に事前に届け出ること、・医療を専門としない者や医療施設と利害関係のない者を含む「治験審査委員会」で治験の内容をあらかじめ倫理的・科学的に審査すること、・同意が得られた患者のみを治験に参加させること、・重大な副作用は国に報告すること、・製薬会社は治験が適正に行われていることを確認すること、といった項目になります。
統計的に比較するのはこういう理由です。 あなたが宇宙人で、日本人の調査に飛んで来たとしましょう。UFOから降り立った場所で、たまたま女子レスリングの日本代表が合宿していました。お世話の人も含めて、その場にいた人全員に筋力を測ったら、女性陣の方が高い可能性は十分ありますよね。その結果で「日本人は女性の方が力持ちだ」と報告したら、きっと後で上司に怒られるはず。 この宇宙人のように、たまたま特殊な集団を見て全体を誤解することのないよう、データを処理する場合は、常に統計的視点が必要になるのです。