今、あえて問う 医療は危険か安全か。
ここ数年、医療訴訟が増えています。
背景を探ると、医療の危険性に関して 患者と医療者の意識の間に大きなギャップがあり、 あまり健全な状態とは言えないようです。
今回は、そんなことを考えます。
監修/落合慈之 NTT東日本関東病院院長
坂本徹 東京医科歯科大学病院院長
小松秀樹 虎の門病院泌尿器科部長
予防に勝る 医療なし
医療の危険性について議論するなんて、腑に落ちないという方もいるかもしれませんね。まずは次の質問に答えてみてください。
あなたが今、何の病気もない健康体だったとします。病院に行きたいですか?
手術を受けたり、薬を飲んだりしたいですか?
答えは「ノー」、ではありませんか。
まさか、体を切り開いたり、薬を飲んだりして、元の状態より健康になるとは思いませんよね。何しろ、必要のない人に医療行為を施せば、傷害罪が成立するくらいです。健康状態が元に戻れば御の字で、悪くなる確率の方が高いでしょう。
もう一つ質問に答えてください。病院で検査を受ける前や手術を受ける前に、たくさん「こんなことが起きる可能性があります。あんなことが起きる可能性があります」と書いてある文書を見せられ、サインを求められた経験はありませんか?
「悪いことがズラっと書いてあって怖くなった」なんて声もチラホラ聞こえてきますが、このような文書を見せてサインを求める行為は、どこの医療機関でもやっている型通りの「インフォームド・コンセント」。文書に書いてあるのは、全部本当に起こり得ることです。
以上二つの質問に答えただけでも、医療にリスクがあるという前提で話を進めなければならないのは、お分かりいただけるでしょう。
人間には、免疫などの自然治癒力が備わっており、放っておいても治る病が結構あります。だから本質的に医療が必要とされるのは、自然治癒力を上回る病の場合、もしくは早く治したい場合、治る過程の苦痛を取り除きたい場合ということになります。
放っておいてもよくならない分、人がメスや薬で外から働きかける、つまりリスクを冒して、健康回復・苦痛軽減のリターンを得ようとするもの。それが医療なのです。
求めるリターンが大きいほどリスクも大きくなるのは、世の中の他の事象と何ら変わりません。金融商品に例えるなら、医療の世界に元本保証はないのです。むしろ、病になった瞬間から健康の元本割れが始まっており、それを食い止めよう、元本に近づけようとするのが医療である。こう表現した方が正確かもしれません。「予防に勝る治療なし」とはよく言ったものです。
要するに、医療は本質的に危険を含んでおり、受けずに済めばそれがベスト。医療で健康を取り戻すつもりだったのに、医療でかえって健康が損なわれる可能性は常にあるのです。
ただし、「医療で健康が損なわれる」には、患者側があきらめて受容するより仕方ないことと、起きてはならないことと、二通りあります。