どうすりゃいいの お産危機
産科危機の実感のない人もいるかもしれません。たしかに全国的に見ると、宮崎県や大阪府北部のように、開業医と病院との分担・連携システムが健全に機能して、需給のミスマッチが起きていないところもあります。ただ、そういう所は、産科医1人あたりの年間取扱分娩数が120以下に収まっていることが多いようです。
1人あたり取扱分娩の多い所では間違いなく需要があふれ始めており、一度あふれてしまうと、あふれた人たちの不満が現場に残った人たちに向かいがちです。勤務がどんどん過酷になることと相まって、残った人たちの心が折れて完全崩壊するのも時間の問題です。
この悪循環を止めて産科医療を再生するには、あふれた需要を満たすための新規就業者が大量に必要です。
通常の産業なら、需要と供給のバランスが崩れて需要過多になった場合、価格が上昇して新規参入を促します。
ところが、産科を設置しているのは公立病院が多いせいか、分娩費は低めに設定されたままですし、勤務医がどんなに働いても待遇はほとんど変わりません。産科医が1人か2人しかいない病院も少なくなく、きちんと交代で休みの取れる4人まで増やそうとした病院もほとんどありませんでした。
お産では緊急手術が少なくありませんし、無事終われば必ず新生児が誕生します。麻酔科や小児科が病院内で健全に機能していないと危険です。産科医が少ないような病院は、往々にして小児科や麻酔科も医師が少なくて疲弊していることが多いのです。
労働が過酷なうえに相対的に低賃金で、しかも危険な状況に置かれているのに、感謝されずに責められることも多い。これでは新規就業する人の増えるはずがありません。
この状況を打開するには、医療側の工夫や努力だけではどうにもならない部分がほとんどです。次項で説明します。
もちろん、医療側もただ手をこまねいているわけではありません。何とか新規就業者が現れるまで現存の供給能力を守って持ちこたえようと工夫しています。
現在、全国的に行われているのが近隣のお産施設を地域の基幹病院1カ所にまとめてしまう集約化です。基幹施設なら他科との連携も容易ですし、1施設あたりの医師数が増えれば医療の質が上がります。何より交代で休みを取れるメリットがあります。
国民の側が医療の質の維持を望むのなら、これ以上勤務医を辞めさせないため避けて通れない道です。病院経営者さえその気になれば、パートタイム勤務医を組み込むこともできます。20代・30代産科医の過半を女性が占め、フルタイム勤務の職しかなくて現場を去らざるを得ない人も相当数いることから、これは重要な意味を持ちます。
ただし、集約化すると、お産施設が広く薄く存在していた時より、妊婦や家族の利便性は劣りますし、供給量そのものも減りかねません。本当に医療の必要なハイリスクの人が網から漏れてしまわないよう注意は必要です。
この他、産科医療体制の健全さにかなりの地域差があることから、ある地域内で対応できない妊婦が出てきた時には、別の地域の余力で対応するという広域搬送も増えてきました。搬送手段として、救急車に加えヘリコプターも使われ始めています。
産科問題を知るキーワード51.政府の対策
国が最も予算を割いたのが、公的病院からどうしても足りない病院に医師を派遣する緊急医師派遣制度で、08年度はシステム構築のために約30億円を計上しています。しかし、そもそも産科に関しては派遣する医師がいません。この他、地域医療計画(08年5月号参照)の上限枠を産科で撤廃する、診療報酬を加算する、全国100カ所の病院・診療所に人件費を助成する、などがあります。2.看護師内診禁止
安全要求の高まりの一つ。分娩がどこまで進んだかの目安として子宮口の開き具合を確認する「内診」という行為があります。助産師が足りないため、診療所では慣例的に看護師が行うことも少なくありませんでしたが、厚生労働省が禁止する通知を出し、それに基づいて警察の摘発も行われ、診療所の分娩取扱いが大きく減るきっかけになりました。3.福島県立大野病院事件
帝王切開で出産した妊婦が大量に出血した後に死亡し、担当した産科医が業務上過失致死などで逮捕・起訴され、禁錮1年・罰金10万円を求刑されました。一審・福島地裁の判決は8月20日に出る予定で、それによっては全国の産科医が一斉廃業する可能性も十分にあります。4.臨床研修
04年4月から、医学部を卒業して専門の診療科に入る前に2年間各科を回って研修することになりました。(08年3月号参照)。病院に2年間新人が入って来なくなり、元から人数が少なく、毎年新人が入ることを前提に回していた産科に大きな影響を与えました。5.飛び込み出産
安全なお産には、お産する施設で事前に定期的に健康状態や何か危険要素がないかチェックをすることが不可欠です。ところが、そういった事前チェックなしに、産気づいてから突然救急車などで病院に来ることを言い、最近増えています。当人にとって危険なだけでなく、本来そこでその時にお産するはずだった妊婦にとばっちりがいきます。