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治療が消える 治療を守る②

医療機器や医療材料の供給に関する構造的問題を探って行くコーナーです。

メニエール病を和らげる

 突然、周囲がぐるぐると回転するような激しいめまいに襲われ、吐き気や嘔吐を伴うこともある発作性の病気、それが「メニエール病」です。命にかかわるわけではありませんが、日常生活への影響は甚大です。国内の患者数は約5万人とも20万人とも言われます。
 原因は、内耳膜内に満たされているリンパ液が何らかの原因で過剰になり、音を感じる蝸牛や回転運動を感じる三半規管、直線加速度や位置感を感じる耳石などの器官を圧迫し余計な信号を発生させるためと考えられています。
 治療として最初に行われるのが利尿剤や抗不安薬、制吐剤、漢方薬など薬の内服ですが、十分な効果を得られない人も相当数います。
 薬での症状軽減が十分でなかった場合には、膜を切開してリンパ液を強制的に排出させる手術(内リンパ嚢開放術)というさらに進んだ方法もあります。ところが、この方法は患者への負担が大きいにもかかわらず、十分な効果を得られないことがあります。
 
もう一つの治療法

 「うちでは、『これ』を導入して以来、オペまで行った例はないですよ」と言うのは、富山大医学部耳鼻咽喉科の渡辺行雄教授です。渡辺教授は十数個の医療機関で組織する『内リンパ浮腫疾患に関する中耳加圧療法に関する研究会』の会長を務めています。「これ」とは「中耳加圧療法」のこと。
 実は海外では、手術をする前にもう一つ広く行われている治療があり、それが中耳加圧療法です。
 鼓膜に小さな穴を開け、そこに数ミリのチューブを留置しておき、専用ポンプで外耳道から中耳に空気を送り込んで加圧します。その結果、余分なリンパ液の吸収が促され、症状が緩和されます。チューブさえ留置してしまえば、あとは患者自身が在宅で簡単に加圧できます。
 鼓膜に穴を開けるといっても、市井の診療所で中耳炎の膿を抜く治療の際に同じ処置をしていることでも分かるように、体の負担は軽いものです。薬や内リンパ嚢開放術と同様に100%効果があるとは限りませんが、少なくとも内リンパ嚢開放術を行う前に試してみる価値はあると考えられています。
 代表的な専用ポンプは「メニエット」と言い、本体価格50万円程度。99年に米国で承認されて以来、既に25カ国以上で用いられています。
 渡辺教授は、10年ほど前の学会で、招待されていたスウェーデンの開発者から直接使用を勧められ、以来、薬だけで症状緩和が十分できない患者に使っているそうです。
 「我々の研究では、有効性は高く安全性も問題ないとの結果が出ています。本体価格が高いけれど、手術することを考えたら医療経済的には何とかなりそうな気もするし、何より患者のQOLにとっては、よい治療法だと思いますよ」
 ただし、実は困ったことがあります。現在は米国のメーカーで製造されているメニエットが、国内で医療機器の承認を受けていないため、輸入手続きが煩雑なうえに、院内の倫理委員会を通さなければならないのです。当然、健康保険も使えず(『混合診療』の禁止)、自費診療にもできず、検査代や薬代などまで全部病院の負担になっています。
 国内で普及するメドは全く立っていません。

氷山の一角

 メニエットの例は氷山の一角に過ぎません。日本で使える医療機器の種類は欧米の半分しかないとの調査結果もあります。私たち国民が気づいていないだけで、海外では普及しているのに国内に入っていない機器がまだまだあることになります。これは治療法の選択肢が海外に比べて少ないことと、ほぼ同義です。
 メニエットが日本国内で承認されていない理由はシンプルで、メーカーが申請していないからです。なぜ申請しないのでしょうか。
 メーカーの担当者は「海外で多くの使用実績がある製品でも、日本で承認を受けるためには、安全性や有効性に関するデータが多数必要で、場合によっては特別な試験や、治験の実施を求められることがあります。この製品もその可能性があります。治験を実施するとなると、相当の費用が必要です。どのようなデータが必要かについての審査機関との相談にも、資料の作成などの準備に手間がかかります。現状では、いつごろ承認されるのか、承認された後でどの程度の診療報酬が見込まれるのか、そもそも保険収載されるかどうかも不透明なことがあり、承認のコストを回収する見通しが立ちにくい場合もあります。メーカーとしては、二の足を踏んでしまうのです」と言います。
 医療機器に関して、日本の治験から承認審査までの平均コストは欧州の20倍前後という驚くべき実態が、昨年7月発行の米国医療機器・IVD工業会(AMDD)による調査レポートから明らかになっています。
 欧州のコストが低いのは、メーカーの開発プロセスを熟知した認証機関が合理的な審査を行なっていることが一因とも言われています。対して、日本では、体内に留置したり植え込んだりする機器の場合、承認のコストが1件1億円を下らないといいます。しかも機器類の場合、改良が不断に行われますが、その度にデータを取り直し、承認を受け直す必要があります。
 安全性重視の国民性があるとは言え、厳格すぎる承認審査によって有用な治療法を使えなくなっているとしたら、本末転倒ではないでしょうか。

医療機器・材料の治験  医療機器・材料も医薬品同様に、承認を得るためには、「治験」(06年10月号参照)を国内医療機関で実施するよう求められる場合があります。しかし、既に海外で効果が分かっている製品を国内のみで追加治験を行う場合、様々な問題が生じます。 ▽まず、日本だけでは、効果の検討に必要な患者数が集まらない可能性があります。そうなれば治験期間が長期化し、治験への投資額予測が難しくなります。また、患者さんに、効果のある医療機器と、スイッチをオフにするなどして効果をなくした医療機器を渡し、症状の比較を行うことは、海外で既に有効性が分かっている製品に対し倫理上できません。さらに植え込み型の機器に関して保険がつかなかった場合、治験後は自由診療となってしまいます。治験を中断した場合も同様です。薬の場合との大きな違いです。
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