治療が消える 治療を守る⑫
医療機器や医療材料の供給に関する構造的課題を探っていくコーナーです。
公文書のやりとり
これまでの取材で、医薬品や医療機器に保険適用を認めるかどうか、厚労省が日本医師会(日医)の疑義解釈委員会に諮るため、公文書でやり取りをしているということが分かりました。そこで、公文書で、公開請求をかけてみました。
とはいえ、全部で何ページになるものか想像もつきません。検討会などに行くと、毎回とてつもなく分厚い資料が出てきます。あくまでも内容を見たいということであって、厚労省に余計な負担をかけることは避けたかったので範囲を絞ることにしました。疑義解釈委員会は月2回開催が原則ですが、出月康夫委員長によれば諮問案件がない場合には開かれないこともあるとのこと。確実にやり取りを捕まえるべく、診療報酬改定が峠を越えた2010年2月から4月の3カ月間について、厚生労働省2階の情報公開窓口で11月8日に公開請求申請をしました。
請求に対しては、30日以内に公開するか否かの決定があることになっています。ちょうど1カ月後の12月8日に厚労省保険局から封書が届きました。
中に入っていたのは、12月7日付の開示決定通知書(写真)。「不開示とした部分とその理由」に何やら書いてあるので緊張しましたが、読んでみたら日医会長印の印影だけは黒塗りするよ、ということでした。文書の数はA4で12枚とのこと。余りの少なさに拍子抜けしました。
再び情報公開窓口に行き、どのような形態で開示を受けるか指定して、さらに開庁日で中3日、12月14日にようやく開示されました。時間はかかりましたが、かかった手数料はたったの300円でした。
開示されたのが、ここに示す12枚のモノクロ文書です(クリックするとPDFが開きます)。
全部で3往復のようです。往信は厚労省保険局長から日医会長宛に、3月4日付、3月18日付、4月15日付で出されています。すべて木曜日です。疑義解釈委員会は第1か第3の金曜日に開催されるそうなので、その前日に出されるのかもしれません。
復信は、それぞれ3月29日付、4月20日付、5月25日付。こちらの日付には法則性を見つけられませんでした。
復信の差出人である日医会長が、唐澤祥人氏から途中で原中勝征氏に代わっていることを除くと、文書の内容は、判で押したように同じ。
往信が「別添の医療機器の保険適用の可否およびその理由について、貴会の御意見を承りたいので、よろしくお取り計らい願いたい。」、復信が「保険診療上必要なものとして保険適用する必要があるものと認めます。」の繰り返しでした。
実に素っ気ないものながら、関係者がどういう理屈で否定しようが、厚労省が日医会長に保険適用の可否を尋ね、日医会長が判断を示していることは、公文書上も明白です。逆に、関係者の言い分としてお伝えしてきたような、日医が学術団体だから諮っているという理屈を裏付けるような記述は見られません。
ちなみに、疑義解釈委員会に関する厚労省と日医の関係が薄ボンヤリと分かりかけてきた昨年8月、当時の足立信也・厚生労働大臣政務官に対して、この不透明な関係をどうするつもりかと問い合わせたことがあります。
翌9月に内閣改造があって足立氏は政務官でなくなりましたが、後日こんなことを言っていました。
「学術的なことを諮問するんだから、公文書の宛先を、日本医学会会長にするよう指示した。しかし日医側が抵抗しているとのことだった。そのままウヤムヤになったと思う」
何度も繰り返し書いて来たように、疑義解釈委員会の存在は非公表で、当然に法的根拠は全くないにもかかわらず、専門組織の前に通らなければならない関門として機能しています。本当に必要な組織なのであれば、中医協のような公開の場で役割と必要性をしっかり議論し明示すればよいことなのに、なぜ隠すのでしょうか。