禁煙なぜできない
アメとムチの二重洗脳
これまで禁煙を困難にする心の依存として、禁煙によって本人がヒドイ目に遭うというムチの部分が主に注目されてきました。
前項で、実はムチの正体が、体の依存に伴う幸福感の欠如だということを説明しました。そして、そもそも幸福感欠如の原因になっているのが、ニコチンの薬理作用なので、ニコチンを抜かない限り救われないということもお分かりいただけたと思います。ムチに対抗するには、医療的アプローチが極めて有効です。
ただし依存性の薬物に共通することですが、一度タバコの味を覚えてしまった人は、たとえ体からニコチンを完全に抜いたとしても、ちょっとしたきっかけで、たやすく依存状態に戻ります。魔が差したり、本当にやめられたか試してみようしたりして、うっかり1本吸ったら、あっという間に元の木阿弥。禁煙するからには、二度と吸わない決意が必要というわけです。
どうして魔が差してしまうのかと考えてみると、タバコによって得られるメリットもあると本人が信じているからだと気づきます。アメもあるのです。改めて、最初の項で挙げたメリットについて考えてみます。
気分転換とかリラックスとかの効用は、他のことで代用しましょう。ガムを噛んだり、お茶を飲んだり、音楽を聴いたり、散歩したり、考えればいくらでも方法は思いつくはずです。
問題になるのは、「ストレス解消」です。前号で特集したように、ストレスは、要因である「ストレッサー」と主体である「あなた自身」の相互作用で発生します。喫煙によって平常時のドーパミンが減り、打たれ弱い状態になっていたら、ニコチン補充したくなるのも当然です。
あれ? 何かおかしくないでしょうか。
そもそも打たれ弱くなっていたのは、タバコのせいでした。それなのに、さらにタバコを吸ってその状況に追い討ちをかけていく。
例えるならば、借りる必要のなかった高利貸しから借金をして、その返済のため身も心もボロボロにして家族にも心配をかけながら借金を繰り返すようなものです。
もう一つ。ニコチンを補給したら、本来対処すべき「ストレッサー」は消失するでしょうか。
しませんよね。もしタバコにより解消するストレッサーがあるとすればたった一つ。分かりますか? 「ニコチン切れ」、これだけです。
しかも禁煙開始後3~7日でニコチンは体内から排泄され「ニコチン切れ」というストレッサーはなくなります。
ただし、再喫煙により、速やかに再登場してきます。
例えるならば、夏にクーラーを使って気持ち良かったから、冬も気持ち良いだろうと使って風邪をひいてしまい、熱が出たので結果としてクーラーの冷気が気持ち良い、というような関係です。
これって、本当にメリットなんでしょうか?
来年も再来年も吸い続ける。そんな決心をしている人にも、実は禁煙により、健康やお金の問題ばかりでなく、ドーパミンが正常化することで、人生は今より楽しくなる可能性があるのだ、と最後に指摘しておきたいと思います。
きちんと理論武装するなら 今回の特集で、「へー」と思って禁煙にチャレンジしてみようかなと思った方、少し待ってください。医療は極めて有効ですが、しかし本文中でも述べたように、気持ちが定まっていないとロクなことになりません。心が負けないよう、禁煙外来を訪れる前に、覚悟と理論武装としておくことをお勧めします。 この特集の監修者である磯村毅医師が書いた『二重洗脳』(東洋経済、1500円・税別)をじっくり読むと、成功がぐっと近づくでしょう。