睡眠のリテラシー2
高橋正也 独立行政法人労働安全衛生研究所作業条件適応研究グループ上席研究員
「睡眠時間はどのくらいの長さが最もよいでしょうか」。睡眠の話題になると、必ずこの質問が出てきます。現状、色々な人が色々な回答をしています。
1日の3分の1である8時間が望ましいという意見は、ときに神話のように語られます。しかし、それは正しくないという意見も、また多いようです。
近年、睡眠時間と健康との関係について、研究成果がたくさん発表されています。共通して言えるのは、7時間睡眠の人々の健康が最も良かったことです。この結果に基づいて、7時間が最善という説があります。
もっと過激な例では、眠りは短ければ短いほどよいと、短時間睡眠が推奨されたりもしています。この考えによれば、睡眠を削ると、起きている時間が増え,その質も高まり、すばらしい人生を送れるそうです。本当でしょうか。
睡眠時間を考える時、年代によって必要な時間は異なるという視点が大事になります。乳幼児から、学生、社会人、高齢者にかけて、ご存じのように、生活も心身も一変します。このような変化を無視して「○時間が最適」と決めるのは意味がありません。成人以降では、どの調査をみてもほぼ90%の対象者が6~8時間という範囲で睡眠をとっています。睡眠時間は日々変わることも考えれば、この範囲の中で、どの長さが最も望ましいかは一概には決められないでしょう。
残念なことに、睡眠は他の活動の二の次にされてしまいがちです。働く世代では、まさにそうではないでしょうか。日本の労働時間の長さは世界でもトップクラスです。しかも、睡眠に最も適した時間帯である夜間に眠れないような働き方(例えば夜勤を含む交代勤務)は年々増えています。こうした状況では、なにより睡眠時間が短くなります。実際、わが国の労働者の40%は睡眠時間が6時間に達していません。
睡眠が多少減ったとしても大きな問題はない、と考える方が多いかもしれません。ですが実はそうではありません。6時間に満たないような短い睡眠は、高血圧、糖尿病、肥満など生活習慣病を起こしやすくさせることが分かっています。さらに、早死にの可能性すら指摘されています。
健康面ばかりではなく、数時間の睡眠不足を幾晩も続けると、簡単な作業であってもミスは増えていくことが確かめられています。つまり、睡眠不足の「ツケ」は貯まるわけです。徹夜とは違って、一晩当たりに削られる睡眠の量は小さいので、自覚的にはそれほど眠く感じません。このズレが事態の修正を遅らせるのかもしれません。
睡眠不足が1週間続いた場合、その間に低下した作業能力が完全に回復するまでには、同じく1週間を要することも分かってきました。借金と似ていませんか。睡眠不足のツケも、いったん貯めてしまうと、なかなか返せなくなります。
結局、睡眠は一晩一晩が勝負です。睡眠不足による「借金」が気づかないうちにふくらみ、病気や事故という形で首が回らなくなるのはぜひ避けたいものです。
たかはし・まさや●1990年東京学芸大学教育学部卒業。以来、仕事のスケジュールと睡眠問題に関する研究に従事。2001年、米国ハーバード大学医学部留学。