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睡眠のリテラシー21

高橋正也 独立行政法人労働安全衛生研究所作業条件適応研究グループ上席研究員

 ある会社の若い経営者が途方もない額の会社のお金をギャンブルにつぎこんだとして逮捕される事件がありました。私たちが一生働いても絶対に手にできないお金を自由に使えてしまうのは幸せなのか、不幸せなのか、分からない気がしました。

 この元経営者が深みにはまった背景は色々あるでしょう。初めの頃は本当に仕事熱心であったそうなので、何か特別なきっかけがあったのかもしれません。

 一般の人でも、ゼロの数が1桁か2桁違うとはいえ、賭け事で人生を棒に振ってしまった例は少なくありません。お酒と同じように、依存症と診断されることもあります。

 お酒でも、賭け事でも、節度を持って楽しめばよいわけです。いわば、ほどほどでしょうか。しかし、必ずしもそうできない裏には睡眠の問題があるということで、このところ注目されています。

 模擬的な賭け事を、普通に睡眠をとった後と、徹夜で過ごした後で行い、勝負の仕方を比べた実験があります。実験とはいえ、賭け事なので損もあれば、得もあります。ただし、損得について仕掛けが設けられていました。

 実験の参加者には、損しないことを求められる場面または得することを求められる場面が次々に示されます。損しないことを重視する場面では一定の金額を払って、①負けた時の損失額を少なくするか、②損しない確率を高くするかのどちらかを選びます。

 これに対して、得することを重視する場面では、同じく一定の金額を払って、①勝った時の利益額を多くするか、②得する確率を高くするかのどちらかを選びます。さて、皆さんでしたら、どのように選ぶでしょうか。

 得られた結果を見ると、睡眠の後に比べて徹夜の後ではいずれの場面でも、とにかく利益を上げるように賭けていました。損しないようにすべき場面では、徹夜の後の方が①(損失額を減らす)を選ぶ割合は少なくなりました。また、得するようにすべき場面では、徹夜の後のほうが①(利益額を増やす)を多く選びました。

 この賭け事を行っている時の脳の状態を詳しく調べると、睡眠後の条件に比べて徹夜後の条件では、勝って儲かるというポジティブな結果には強く反応しましたが、負けて損をするというネガティブな結果にはあまり反応しませんでした。つまり、勝つことばかりに目が行き、負けることには鈍感になったわけです。

 確かな証拠がないのに、得することばかりを考えて行動するのは危なっかしいことです。睡眠をとらなければ、私たちは安全で手堅い選択よりむしろ、危険な選択を行いがちになります。この傾向は短い睡眠を幾晩か続けた時でも認められるそうです。

 最悪の結末を避けるよう準備しておくことはどんな状況でも大切です。きちんと眠らないで「きっとうまくいく」と構えていると、「すっからかん」になってしまうかもしれません。

たかはし・まさや●1990年東京学芸大学教育学部卒業。以来、仕事のスケジュールと睡眠問題に関する研究に従事。2001年、米国ハーバード大学医学部留学。

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