予防接種を原因とするポリオ麻痺の患者が出続けている一方、実は1980年を最後に、野生のポリオウイルスによる患者は日本では確認されていません。どういうことでしょうか。
もともとポリオの歴史は古く、紀元前のエジプトの壁画にも患者の姿が残されているほど。呼吸器をやられることで、致命率の高い病気としても恐れられてきました。1950年代まではしばしば世界各地で流行しましたが、その後、不活化ワクチンと生ワクチンが相次いで開発されると、1959年にはWHO(世界保健機関)が国による無料で定期的な接種を奨励したこともあり、患者は激減しました。
日本でも1960年、5千名以上の患者が出るほどの大流行となりましたが、生ワクチンを緊急輸入し、一斉に投与することで流行は急速に終息。国産の生ワクチンも認可され、1964年からは定期接種(法律に基づいて市町村が行う無料の接種)が始まって現在に至っています。
こうして生ワクチンのおかげで、日本では野生種によるポリオはしだいに姿を消しました。問題は、緊急事態を脱した後も生ワクチンを使用し続けてきたことです。それがために、病気を予防するためのワクチンで毎年患者が出るという矛盾した状況が生まれ、放置されてきたのです。つまり1980年以降、これまでに報告されているポリオによる麻痺は、すべてワクチンが原因であることが分かっています。
では、国内では自然に存在しないポリオについて、なぜ今も予防接種を続けなければならないのでしょうか。それは、まだ国外からウイルスが持ち込まれる可能性があるからです。WHOは現在も根絶のために各国と協力して対策強化を続けており、世界的には確実に患者数は減少に向かっています。しかしアフリカやアジアなどでは、経済的・政治的不安定を背景に施策が遅れているのが実情です。そうした国々からウイルスが入って来た時、予防接種で免疫をつけておかないと一気に大流行しかねません。
とはいえ、健康を害さないために受けるはずの予防接種で、体の自由を、それも一生にわたって奪われることになるというのは、なんとも理不尽な話ではありませんか。この理不尽さをどうにか回避する手立ては無いのでしょうか。
実はあるのです。
なぜ日本だけ使わないの?
それが、不活化ワクチンです。ウイルスに特殊な処理を加えて体内で増殖しないようにしてあります。ポリオの免疫をつけることができ、なおかつポリオにかかる危険のないワクチンといえます。不活化ワクチンなんて初めて知ったという方も、インフルエンザの予防接種が不活化ワクチンを使って行われていると聞けば、身近に思っていただけるでしょうか。
この不活化ワクチン、日本を除く先進各国ではすでに定期接種に導入されています。生ワクチンの危険性はWHOにも指摘されており、アメリカでは2000年1月に、完全に不活化ワクチンへ切り替えられました。中国やインドでも不活化ワクチンに移行しつつあり、東アジアで生ワクチンを使用している国は、日本以外ではもはや北朝鮮とモンゴルのみです。この点でも日本がいかに「ワクチン後進国」であるか、図をご覧いただけば一目瞭然です。
それにしても、安全な不活化ワクチンがあるのに、なぜ日本ではいまだに生ワクチンを使い続けているのでしょう。
そもそもポリオに広く生ワクチンが採用されたのは、その効果の強さと投与の簡単さにあります。一斉投与ができ、流行を鎮めることができます。ですから流行国や緊急性の高い状況では、生ワクチンがよしとされたのです。
しかし今日、ポリオは日本では日常には存在しない病気です。にもかかわらず、国は生ワクチンから不活化ワクチンへ切り替えを行わないまま30年経過しました。厚労省はようやく昨年4月、国内のワクチンメーカーに不活化ワクチンの開発を急ぐよう指示しましたが、実現は早くても今年末と見込まれています(ただし、海外で広く使用されている野生種からつくった不活化ワクチンではなく、生ワクチンと同じ弱毒化したウイルスをもとに開発が進んでおり、効果などについても議論を呼びそうです)。それまでは、定期接種によって麻痺患者をつくり出し続けることになります。分かっていて黙認、ということです。
なお、現時点でも輸入された不活化ワクチンを、ごく限られた医療機関で、自費で接種することも可能です。しかし1回4200円としても、4回で1万7000円近くの負担になります。知識の有無、そして懐具合で、健康を害するリスクが決まってしまうという現状なのです。